第15話 一番強い男
そんなわけで、普通程度には喋れるようになり。
喋り方訓練も半ば役目を終え、後はひたすら早口言葉の強度が上がっていくだけとなった。
「愛に邁進する性欲が爆進。爆誕の活火山がカツカレーで場末感。三倍酢の断罪者がサンバイザーに白装束の年増女にマスカレードでお疲れな晴れの日の五月雨を病みながら噛ませたら流れ弾が当たったら活気づいて末期症状でさっきもう食べたでしょお爺ちゃん晩ご飯!」
龍皇によると、韻や意味で言葉を関連付けることにより語彙力の強化を狙っているのだそうだ。
一方、裏テーマの方はといえば、もはや隠す気すら無い状態となっている。
異変が起こったのは、最下層に来てから12日目。
「クサリちゃ~ん、休憩しましょ~」
「………」
「……へええ」
遂に、龍皇の抱きつき攻撃を躱すことに成功したのだった。
それまでの俺は、龍皇の動きを読もうとして、逆に彼女の送ってくる情報に身体のコントロールを奪われてしまっていた。
龍皇の送ってくる情報は、まるで意味の分からない出鱈目としか捉えられない。しかし実際は、文字化けみたいなものだ。俺に読み取れないだけで、そこにはちゃんとした意味がある。
だったら、エンコードして読めるようにすればいい。
そのために俺が何をしたかというと、ひたすら椅子やテーブル、その他もろもろを作り続けた。空間に情報を流し込み、イメージしたモノを顕現させる。その際に行き交う情報を解析し、その応用で、とうとう龍皇が送ってくる情報を読み取ることに成功したのだった。
結果――
「私の
――という、龍皇のお墨付きまで頂けたわけだ。
そして。
「じゃ、アレを教えちゃっても大丈夫よね」
「!?」
にっこり笑う龍皇の前で、気付くと地面に膝を着いていた。龍皇の送ってくる情報――
しかし、それから数週間後。
訓練が、一ヶ月を越えた頃には。
「儂は~~。儂は見たんじゃ~~。あの森の果てに~。深淵へと続く闇穴を~~」
「はいはい。肥溜めに落ちたんでしたよね」
「おおお~~~。その日から絶えず我が身を灼く果てしなき渇望が~~~」
「おトイレですか? お食事ですか?」
「メシ~~~~」
「はいはい。お孫さんが迎えに来てますからね。帰ってお昼ご飯食べましょうね」
『自分が伝説の元冒険者だと思い込んでる農家のボケ老人と、それに対応するギルドの職員』というシチュエーションのロールプレイングを行いながら、龍皇が送り込んでくる無数の
「は~、クサリちゃん、凄いわねえ。これなら、アレを教えちゃっても大丈夫かなあ」
しかし、龍皇がそう言って手を振った途端、地面に転がされてしまう。
そんな新たな課題を、だが俺は、数日後にはクリアーする。
そしてまた新たな課題が与えられ……
そんなことを繰り返すうち、当然、月日は経って。
「そういえばクサリちゃん。3ヶ月経ったらお家に帰るって話だったわよね?」
「ええ。ギルドの授業が始まるのにあわせて帰る予定ですけど」
「半年経つわよ」
「え?」
「クサリちゃんがここに来て、あと10日で半年なんだけど……気付いてなかった?」
「え? だって、毎日カレンダーを……まさか」
「
「いえ。まったく」
俺が首を振ると、龍皇はにまにま笑って言った。
「しっぱ~い。龍皇ちゃん、しっぱ~い」
「……わざと?」
「だって……ムートが『まだいい』って言うしぃ?」
「いや、そのムカつくカマトト臭い喋り方が『わざとか?』と訊いてるんですけど。私をムカつかせたくて『わざとやってるんですか?』と」
「………クサリちゃん、こわ~い。痛っ!」
俺が片眉を上げると、龍皇が尻餅をついた。
「も、もう完全にクサリちゃんに敵わなくなっちゃったわね。これならアレを……って言いたいところだけど、もうこれより上のレベルの技って教えようが無いのよねえ……」
「爺さんは、何をやってるんですか?」
爺さんとは、初日に別れてから1度も会ってない。
しかしいまの話だと、龍皇とは会ってたらしい。
「う~ん、お迎えに行ってるっていうかぁ?」
「迎えにって、誰を?」
こんなところで?
「誰っていうか、あえて言うなら『1番強い男』――彼の知る、1番強い男を迎えに行ってるのよ」
そう言って微笑する龍皇が、どこか寂しげに見えて。
俺は、なんて言ったら良いか、分からなくて戸惑う。
――そんな時だった。
「「来た!?」」
俺と龍皇が、同時に立ち上がった。
凄まじい気配――部屋を出ると、そこに立っていた。
『1番強い男』が。
こういうことかと、俺は息を呑んだ。
爺さんが、言った。
「成ったぞ」
その姿は、半年前に別れたときより二回りは大きく、ゴツゴツとしていた。
ひと目見て分かった。
『1番強い男』とは、いまのこの爺さんのことなのだと。
1番強い自分に成るべく――迎えに行くべく。
爺さんは、この最下層のどこかで自らを鍛えていたのだ。
「こっちは、いま『成った』ところ――で、どうするの?」
「やる」
そんな、龍皇と爺さんのやりとりを。
聞きながら、俺は両の手のひらに
木剣を、顕現させる。
爺さんの手にも、木剣。
爺さんが、自らを鍛えて『成り』。
俺も、龍皇に鍛えられていま『成った』。
つまりこの半年間は、そのためにあったのだ。
俺と爺さんが、対峙するこの瞬間のために。
どうして?
それを問う権利は、俺には無いような気がした。
同じく、爺さんにも。
ただ、剣と剣を交わす。
それによって確かめられるのは、俺や爺さんの意志なぞ一毫も介在することを許されない、崇高ともいえる何か。
俺が、剣を振り上げる。
爺さんが、剣を振り上げる。
そして――
翌日、俺は棲家に戻った。
一人で。
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