第16話 王都からの迎え
ダンジョンの最下層から棲家まで、半日もかからなかった。
往路で4日かかったことを考えると、大幅な短縮だ。
帰りはいちいちフロアマスターと戦ったりしなかったし、寄り道もしなかったからルート自体が短くなった。加えて、魔物や人間との遭遇もゼロ。龍皇に学んだ『
というわけで、驚異的なスピードで帰宅した俺。
しかしそれ以前に、出発自体が3ヶ月遅れだ。
約束を、ぶっちである。
俺としては、棲家に異常が無いかチェックして、そのまま町の冒険者ギルドに向かうつもりだったのだが――
「あ、ああ……来た。キタァ………」
――棲家の前に、眼鏡の気弱そうな青年が立っていた。
そろそろ中堅になる、ギルドの職員だ。
どうやら事態は、俺が考えてたより逼迫してたらしい。
俺を見るなり、青年はボロボロ涙をこぼしながら訴え始めた。
「う、うぐうぅ。あなだが帰っでごないぜいで、うぐ、ギルドがギスギスしぢゃっでるんでずよお。もし半年経ってもがえっでこだかったら、ひっく。ギルドは公爵家に睨ばれるじ、ギルマスも更迭ざれがねだがっだんでづよおぉおぉ……ぶえ~~~ん」
謝ったら、かえって面倒くさいことになりそうだったのでやめておいた。
必要なことを、訊くだけだ。
「ギルマスは、いまどこにいますか?」
「町のギルド本部……のはずです」
「では、私はギルマスに会いに行きます。あなたは、ダンジョン出口の支部から町に連絡して下さい――『クサリが、そちらに向かう』と」
ダンジョンの入口まで、5分。
そこから街へ直行――するまでもなかった。
ダンジョンの出口で腕組みし、待っていた。
誰を――俺を。
誰が――仁王立ちのギルマスが。
彼女は言った。
「行こう。王都からの迎えが来てる」
そして俺は、全速力の馬の二人乗りで、町へと連れてかれたのだった。
●
馬上で、ギルマスが語ったところによると。
王都からの迎えだが、予定よりかなり早い到着だったらしい。本来なら、あと半月は後になるはずだったのに、報せも無く、突然やってきたのだという。
ギルマスが、わざわざダンジョンまで迎えに来たのも――
「まずは、君に会わせろと求められてね。しつこいんだ――あのクソ爺ぃ」
――ということだったのだそうだ。
町に着き、ギルドに入る。
カウンターの職員がギルマスを見て、
「ギルマス! いま連絡が入りました。クサリさんが――」
そして俺を見て、
「――えぇっ! クサリさん!?」
階段を上り、ギルマスの執務室へ。
そこで『クソ爺ぃ』が待っていた。『クソ爺ぃ』。ギルマスが、そう呼ぶ理由は分からない。爺ぃという程の年齢には見えない。やたらときっちりした服装をしてるのを除けば、白髪の、優しげな、若い頃は遊んでた風の中年男としか見えなかった。
だがそれも、彼が口を開くまでだった。
「おやおや。これはまた――ずいぶんとちんまりした、可愛いお嬢さんですねえ」
俺は、忘れていたのだ。前世で得た教訓を。男には禿になるタイプと白髪になるタイプがいて、白髪になるタイプは、ほぼ確実に性格が悪いという教訓を。
率直に言うなら、一瞬でうんざりしていた。
俺に向けられたその声も、目つきも、わずかに背を屈めてソファーから立ち上がり口角を持ち上げる顔も仕草も、その奥にある厭味ったらしい、陰性の、粘着質な人間性を全く隠そうとしていなかった。
確かにこいつは『クソ爺ぃ』としか呼びようが無い。
「用件に入らせていただいても?」
「あ、ああ……いいな? クサリ」
促され、爺ぃと向かい合う形でソファーに座る。
爺ぃが言った。
「ウィルバーと申します」
「クサリです。お待たせしましたこと、お詫び申し上げます」
ばか丁寧に応えてやったが、爺ぃの反応は無かった。
「っ!……」
息を詰まらせたのは、ギルマスだ。そういえば、ダンジョンで会ってから、相槌を打つだけで、まともに会話してなかった。だから、別人レベルで強化された俺の滑舌も、いま初めて知ったというわけだ。くそう……不意打ちで早口言葉とか聞かせてやったら、どんな顔しただろう?
爺ぃが言った。
「今回、クサリ様には、ミルカ様――すなわちゴーマン家の推薦で、学園へと入学して頂くわけですが――となると、ですなあ。やはり、当然、といいますか……受け入れる学園側も、大きな期待を抱くだろうと。それは、クサリ様も、当然、ご承知のことかと、思われますが」
句読点ごとにこっちを覗き込んでくる爺ぃに、俺は答えた。
「はい。大変、光栄なことと存じます。一意専心、皆様のご期待に背かぬ結果を報告できますよう、勉学に邁進したく存じます」
それに爺ぃは、ノータイムで言葉を被せてきた。
「左様でございますか。では、入学試験の準備も、さぞかし捗っていらっしゃるのでしょうなあ。ゴーマン家推薦の生徒となれば、まず不合格ということは有り得ない。合格するのは当然として、どれほどの麒麟児か――その片鱗を見せて頂けるものかと期待する声が、ミルカ様の家庭教師であるところの、この私にまで届いておりまして」
「半年前、模擬的に行った試験の成績ならお見せできるかと思いますが?」
「いえいえ。大事なのはいま現在。もちろん私も? クサリ様が? 色々と煩く私に耳打ちしてくる輩どもを黙らせて下さるでしょうことは、微塵も疑っておりませんが? しかし? もしかすると? 私から教えて差し上げられることも――まだその余地があることも? ないこともないかもしれない……というわけでですな」
そう言って爺ぃが取り出したのは、紙の束。
す、と机に置いて、言った。
「クサリ様の、いま現在の学力を測らせて頂けたらと――いかがですかな?」
俺は、ちょっと感動を覚えてさえいた。
上目遣いに俺を見る、爺ぃの眼差しの、常温で一日放置した鯖みたいな生臭さ。
我ながら理解不能なのだが。
そのとき、俺は爺ぃに感じていた。
仲間意識とでも、呼ぶべきようなものを。
あえて言うならそれは、大人として生きる人間への敬意みたいなものなのかも知れなかった。
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