第7話 ギルドで絡まれる

 翌日、朝いちで冒険者ギルドに向かった。


 もちろん、爺さんも一緒だ。引きこもってはいるが、棲家をシェルターに提供してることからも分かる通り、最低限の社会性は保持している。ダンジョンで魔物と誤認されない程度の、本当に最低限のだが。


 だから、ギルマスからの呼び出しを無視したりもしない。いつもダンジョンを出るのは、採取物の納品と買い出しのためで、ほぼ月に1度。次回は3日後くらいの予定だったから、ちょうど良いタイミングだったともいえる。


 棲家に罠を仕掛けとじまりして出発。30分ほどでダンジョンの出口に。このすぐ近くにもギルドの支部があるが、呼び出されたのはここじゃない。こんなところに、ギルマスはいない。今日行くのは、ダンジョンを出て1時間。いくつか検問を越えて歩いた先の町――そこにある支部だった。


 到着したのは、棲家を出て2時間も経った頃だった。


 同じ支部でも、近辺の支部を統括する地方本部とでも呼ぶべき位置付けで、だから建物も大きいし、入り口が季節にあわせて飾り付けられてたりと、どこか垢抜けているというか、都会的というか、文明的だ。


 それもあってのことだと思う。


 爺さんに続いて俺が建物に入ると、みんな嫌そうな顔になった。嫌なものを見せられたって顔だ。当然だろう。薄汚い格好の老人が、首輪をつけた子供を鎖で引っ張っている。毎度のことで見慣れたかもしれないが、誰も好んで見慣れてしまったわけではない。


 爺さんは、ギルドに行くときだけ、俺の『鎖』を持つ。

 理由は分からない。


 いつも通り、買い取りのカウンターに直行した。


 俺が背負った採取袋を、爺さんがカウンターに並べる。冒険者ライセンスを差し出して「頼む」。受付嬢が袋をあらため「ダンジョン苔が3袋にゴブリンドロップが1袋でよろしいですか? ムートさん」。爺さんが頷くと、別の職員が来て袋を査定用の大きな机に運んでいった。


 査定が終わるのを待つ間、爺さんは壁際の長椅子に座り、俺はその脇に立つ。部屋全体を見渡せる位置だ。昼前のいま時分、ギルドへ仕事を探しに来る冒険者はいない。良い仕事はみんな、掲示板に張り出された朝いちの時点で無くなっている。いまギルドにいるのは、徹夜や朝駆けの仕事を終えて飲んだくれてる連中がほとんどだ。


 こちらを見てくる奴もいるが、不躾という程ではない。いつもなら、このまま査定を待ってれば良いだけだった――いつも通りであれば。


「ご老人!」


 だが、今日は違った。体格が良くて表情が若い。同じ様にテーブルを囲み、同じ様に酒をあおっていても、まだまだ周囲から浮いて見える。おそらく新人の冒険者。誰もが抱くであろう印象としては、金のためでなく修行の一環で冒険者をやってる騎士志望の若者。そんな若者っていうか若造が、勢いをつけて立ち上がると、言った。


「ご老人! その子があなたの何なのかは知らないが、仮に奴隷であったとしても、その扱いは、あまりに……あまりに無体なのではないか!?」


「………」


 憤った声に対し、爺さんは無言だ。代わりに、飲んだくれどもから声が上がった。「ご老人~」「無体なのではないか~」「あまりに、あまりに~」笑い声に顔を赤くして「ぐぬっ!」逆に引っ込みのつかなくなった若者が、爺さんに向かって一歩踏み出す。


「査定が終わりました。ムートさん。今回も上質な素材の提供を感謝いたします。謝礼は銀貨20枚。内訳としましては――」


 だが既に爺さんは、カウンターで金の受け取りを始めている。

 それで若者がどうしたかというと――


「ぐぬぬぬぬっ!」


――肩肘を突っ張らせて、爺さんが受け取りを済ませるのを待っていた。「おいおい見ろよ。律儀なこったぜ」「とっとと殴りかかるなりなんなりすりゃいいのによお」「それは、それはあまりにも無体でございまする~」「ぎゃははははは!」そんな声に肩を震わしかけながら、受付嬢が言った。


「ぷぷっ……失礼しました。ではサインをお願いします――ありがとうございます。ところでムートさん。昨今増加の傾向にある魔物被害への対策として、計画的な素材の調達が求められています。次回、いつごろ来られるか予定を教えていただければ、より高値で買い取り出来ますし、それに、その、うちのギルマスも……」


「………」


「……またのお越しをお待ちしております」


 爺さんが、踵を返した。

 当然、俺もそれに従う。


 あれ、このまま帰宅?――と思った、その時だ。


「ムート殿!」


 ギルマスが叫んだ。

 階段の上から、ほとんど転げ落ちそうな勢いで。


「黙って帰るなんて、それは無いだろう! ひどいじゃないか! いつもならともかく、今日は、ちゃんと呼び出したのに! 約束してたのに!」


「………」


 爺さんが、階段を上り始めた。

 俺は、それを見上げて下の階に留まろうとしたのだが。


「クサリ! 君もだ――頼むよ」


 言われて、2階にあるギルマスの執務室へと上がることになった。


 そこで、話を聞いた。


 昨日の事件――『お嬢さま』ミルカ=フォン=ゴーマンがゴブリンに襲われ、その後、多数の死体に囲まれながらお茶を飲んでるのが発見された――そんなことが起こった背景に、いったいどんな事情があったのか。


 それについての、説明だ。


「まず、ムート殿の棲家シェルターに助けを求めに来た男だが――名前はジョルダン」


 ジョルダン?

 お嬢さんが言ってたのは『コーギィ』――全く違う名だ。


「ぢ、ぢが、おじょ、さ、さま、なめ、ま、なまえ……」


 俺の訴えに、ギルマスが頷く。


「ああ、違うな。コーギィは偽名で、ジョルダンが本名だ。奴は、偽名でゴーマン家に雇われていた」


 背景についてはまだ調査中――そう前置きして、ギルマスが語ったところによると。


 彼らの計画は、こうだった。ジョルダンとミシェールが『お嬢さま』とダンジョンに入り、打ち合わせした場所へと向かう。そして到着し次第、冒険者を装った男たちが『お嬢さま』を襲撃する。


 言うまでもないが、その『男たち』というのが、あの死体の群れだった。


 どうして、彼らが死体あんなことになったのか――単純極まりない計画が狂い始めたのは、『お嬢さま』がミシェールに『鎧を交換しよう』と持ちかけたところからだった。


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