第6話 お嬢様とギルマス
ここはダンジョンだ。
日の光は届かず、灯りといったら松明くらいしか無い。
だが『お嬢さん』の唇は紅く、ティーカップから立ち上る湯気は白かった。
折りたたみ式のテーブルに椅子、真鍮のティーセット。どれも簡素だが、金がかかった品なのは、ひと目で分かった。脇には燕尾服に蝶ネクタイの見るからに執事っぽい男までいて、彼女に日傘を差し掛けている。
まるでどこかのお屋敷の庭園みたいだ。
ダンジョンらしいものといったら、ただひとつ。
『お嬢さん』が着けてる、
「おかえりなさい。
『お嬢さん』が、訊いた。
彼女とは、ミシェールのことだろう。
「…………」
爺さんは、無言だ。
代わりに、俺が答えた。
「ミシェール、は……よ、ど、鎧……おじょ、さば、の………
怪しいまでに言語不明瞭だが、アイドルの握手会や物販だったら、この程度にコミュ障なオタクは決して珍しくない。だがここは異世界だし、いま目の前にいる『お嬢さん』も、アイドルではない。
しかし――
「ふむふむ……そういうことね。ふむふむ」
――と『お嬢さん』は栗毛色の髪を揺らして何度も頷き、
「私とミシェールの鎧が入れ替わってたのは、私の提案。コーギィ――あなたのところへ、助けを求めに行った男性ね――彼が気付くかどうか試してみましょうよって、出発前に持ちかけたのよ」
気の強そうな瞳を、くりっとさせて答えた――いや、答えてくれた。俺が言外に含ませた『何故、ミシェールが『お嬢さん』の鎧を着けていたのか?』という疑問に対して。
そして、にかっと笑って言った。
「あなた、面白いわね。それに――可愛らしい。ねえ、アラミス? こんな娘を飾り立ててみてはどうかしら? 検討に値すると思うのだけど」
と、俺には意味不明なことを執事に話しかける。それに対して執事はにっこり微笑んで見せるのだが、頷いたり、あるいは首を横に降ったりとかいった類の意思表示は一切無かった。20代半ばのややいかつい感じのイケメンで、日常的に女を抱いてる者特有のモテオーラを漂わせている。もげろ。
――と、だいぶ
辺りには、死体が散乱している。
オーガやゴブリンでなく、人間の。
彼らが何者で、どうしてこんなことになっているのか?
それについて訊ねたら『お嬢さん』は答えてくれるだろうか。
だが、そんなことを試す機会は無かった。
「おお。こっちだ! こっちに――うわ! なんだこりゃ!?」
5分も経たず、通路から、わらわら人が集まって来た。
冒険者たち――どこからか聞きつけ『お嬢さん』を救けに来たのだろう。
彼らはまず死体に驚き、次にお茶会真っ最中な様子の俺たちに気付いて、なんとも言えない表情になった。
その頃には、俺も爺さんも、執事が追加で出した椅子に座り、菓子とお茶をご相伴にあずかっていた。
俺と爺さんは、冒険者ギルドで、ちょっと特殊な立ち位置にいる。
そのせいもあってか、
冒険者「ご、ご無事でしたか!?」
お嬢さま「無事でしたわよ~」
というやりとりがあった以外は、みんな、遠巻きにこちらを見るだけだった。
「は、派手にやりやがったな」
「ムートさんとクサリだ……いつものことじゃねえか」
「それにしたって――おええ。バラバラっていうにも程があるぞ」
なんて小声の会話も、聞こえてきはしたが――じゃらり。
俺が鎖を鳴らすと、それも霧散した。
そんな俺を『お嬢さん』が微笑んで見てた。
それで俺は、何故だか分からないが、頬が熱くなってしまうのを感じるのだった。
そんな感じで、冒険者たちが着いてから十数分。
「ああ、ああ。それで頼む。うん。うん――ああ、いま着いた。切るぞ」
通信の魔導具に、そう話しながら現れた。
その人について、一言でいうなら『凄い美人』だ。
ウェーブのかかった赤毛に眼鏡。
長身で、冒険者服の胸と尻をぱつんぱつんにさせている。
「ご足労でしたね、ギルドマスター。早急な対応、感謝いたします」
「いえ、ミルカ嬢。貴女のご無事が何よりの喫緊。お言葉には及びません」
頭を下げる美女――このダンジョンを仕切る冒険者ギルドのマスターを、『お嬢さん』は片手で制して言った。
「学校で習ったことなのですけど、負傷者は腕を組んで歩かせるものなのでしょう? 私、無事とは申しましたが擦り傷くらいは負っていますのよ?」
肘を差し出して微笑むと、ギルマスの腕を抱いて歩き出す。
その姿が、振り向いて言った。
「私は、ミルカ=フォン=ゴーマン――憶えておいてね?」
そして『お嬢さん』の姿は、冒険者たちの向こうに消えた。
執事もまた、どこかに消えた。
「……ムートさん。それと、クサリさん」
男が一人、腰を低くして近付いて来た。
何度か見かけたことのある、ギルドの職員。
デスクワーカーでなく、現場のやり手だ。
「お手数ですが、明日ギルドまで来ていただけませんか? 色々ととご説明しなければならないことが有りまして。ギルマスが是非にと言ってるんですが……どうですかね?」
爺さんに話しかけながら、男は、ちらちらと俺を見てくる。無口な爺さんは諦め、俺に同意を求めているのか。俺が頷くと、男はあからさまに安堵していた。そういえば、前世の記憶を取り戻す以前から、俺はこういう役回りを担っていたのだった。
そんなことを考えながら、ふと思った。
たとえばだ。
死んでた男たちは何者なのかとか、それ以外にも。色々とおかしなところはある。一方でここまで見た
しかしだ。
背筋を伸ばし、お茶を楽しんでた『お嬢さん』。
ミルカ=フォン=ゴーマン。
どんな説明も、彼女のあの態度ほどの説得力は持ち得ないような気がしていた。
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