第5話 オーガをしばき倒す

 双剣を打ち鳴らす。

 ダンジョンに、その音がこだまする。


 かん…………


 それは、一種の音波探知ソナーだ。


 空間を跳ね返った響きは、周辺の魔素をも巻き込み持ち帰り、元から得ていた『鎖』からの情報を、更に立体的なものへと深化させる。


 かん…………


 そうして立ち上がる、情報の濃霧。ゴブリンやオークや爺さんや『お嬢さん』の像が埋め込まれたその中に、俺の自我すらも埋没していく。


 そして得る――時すらも越えた、完全なる鳥瞰を。


 変性意識。前世の記憶を取り戻した俺には、そう表現することが出来る。拡張する認識。倍増する情報処理能力。剣を打ち鳴らすのをきっかけルーティンに、俺はトランスともフローともゾーンとも呼ばれる領域に飛び込んでいく。


 そんな俺を前に――


 両手の木剣から、オーガたちは俺を爺さんの仲間と認識したようだ。

 一瞬戸惑い、たたらを踏みかけ、その結果マシに見える方――


「「「うんおぼぉおおおおおっ!!」」」


――俺に向かってきた。


 有り難い。

 仮に爺さんの方に行ったとして、斃すのは俺なのだ。

 だったら最初からこっちに来てもらった方が、手間がかからなくて良かった。


「バッ!」


 破裂する呼気とともに、木剣を振り下ろす。

 もちろん、オーガたちはまだ遠く、剣尖すら届く距離ではない。


 だが――「ぉぎゃおっ!」


 オーガの先頭数匹が、仰け反り転がった。

 その皮膚は、重度の火傷みたくずる剥けて、真皮までこそげ取られている。


 触れもせぬ木剣の、剣圧がそうさせたのだ。


 変性意識における極限の集中。それは、身体能力をも増強する。おまけにここは、魔法のある世界。伸びしろは、物理とか化学とか生物学とかの制限を受けない、私立文系的とも呼べる、青天井の爆上げだ。


「「「むんごおおおおっ!?」」」


 あくまで女児のものでしかない、小さな足。

 その足で、俺は地面をひと蹴りする。


 ぴょーんと。


 それだけで、地面と垂直に3メートル。

 今度は空気を蹴って、そのまま水平へと向きを変える。


 オーガたちの頭上を越えながら、俺は剣を振った。

 今度は、直に叩く。

 触れずともオーガの皮膚をずる剥けにした剣が、触れればどうなるか?


「ぐむ」

「あぎ」

「やぎ」

「ぐぎ」

「むぎゃ」

「いぎ」

「あぎゃ」

「ぐっ」


 着地して、振り向いた。


 目の前に、赤い霧が立ち込めていた。

 爆散した血と肉によって、着色された空気だ。


 がちゃり。


 そしてその中で崩れ落ちる白――オーガたちの骨格。


 爺さんの、げんこつは無かった。

 どうやら、追試には合格できたみたいだった。


 こうして俺たちは『お嬢さん』の救出を終わりにした。

 俺は爺さんを見た。

 その眼差しに、こんな問いかけを含めたつもりだった。


 なあ爺さん――


『『お嬢さん』は、どこにいる?』


 ●


 何がおかしいか?

 それは、ただ一点。


『ミシェール』の不在だ。


 助けを求めに来た、男は言った。


『ゴブリンに襲われて……灯りを叩き落とされて……混乱……失態……まんまと……お嬢様が、ミシェールと……ミシェールと……』


 俺がここに来た時、いたのは『お嬢さん』だけだった。『ミシェール』らしき人物も、男の言ってたような青い鎧も見当たらない。あるのは緊急モードで『お籠り』した、『お嬢さん』の鎧だけだ。


 それが『?』となったのは、ゴブリンを倒した後。

 爺さんが、近付いてくるのを見た時だった。


『再遇の貝』について、ほとんどの奴が知らないことがある。


『再遇の貝』は、対になった貝殻型の魔導具だ。そして対になった同士で、常に通信を行っている。電波とかでなく、人間の可聴範囲外の音波によって。普通なら、人間が聞くことは出来ない。だが俺の『鎖』は、そんな超音波さえも捉えてくれる。


 通信の頻度は、ふたつの貝殻の距離が近付けば近付くほど頻繁になり、遠ざかれば減る。


 つまり『再遇の貝』の片方を持った爺さんが、もう片方を持った『お嬢さん』に近付けば、自動的に通信の頻度は多くなっていくはずなのだった。


 しかし、それが変わらなかった。


 爺さんが姿を現した後も、通信の頻度はまったく変化を見せなかった。


 ということは、だ。


『お嬢さん』が、『再遇の貝』を持っていなかったということになる。

 だが、そんなことが有り得るだろうか?


 本来『お嬢さん』が持ってるべき貝殻を、『お嬢さん』が落としたとか、実は他の人間が持ってたとかいう可能性は、考え難かった。『再遇の貝』は、護衛がはぐれた主人を探し出すための魔導具だ。主人の側の貝殻は、魔法で身体に接着されるのが常だと聞く。


――という前提を、固いものとするなら。


 答えは簡単だ。

 いま俺の視界の隅で『お籠り』している鎧。

 その中身が――


『お嬢さん』ではない


――ということなのだ。

 久しぶりに、爺さんの声を聞いた。

 さっき来た方に戻りながら、爺さんが言った。


「…………来い」


 ゴブリンとオークの死体、そして鎧を置き去りに、俺たちは歩き出す。

 行き先は聞いてないが、説明不足はいつものことだ。

 ただ今日の場合、ひとつだけ確実なことがあった。


 向かった先に、誰がいるかだ。


(?)


 違和感は、嗅覚から来ていた。

 血の匂い。

 歩き出し、オーガの死体から離れるにつれ薄まってた血の臭いが、再び濃くなり始めていた。

 それも、急速に。

 それほどの殺戮の現場が、この先にあるということか。


 しかし、死んではいないだろうと、なぜか思った。

 その通りだった。


 角を曲がって出た、広い場所。

 軽く10を超える死体は、魔物のものではなかった。


 人間だ。


 どれも格好は冒険者風だが、あくまで『風』で、少なくともこのダンジョンに出入りしているようなじもとの冒険者とは、どこかで一線を引かれたように様子が異なっている。そんな死体や、その断片がバラ撒かれた真ん中で。


「あら、やけに時間がかかると思ったら――その娘を、連れに行ってたのね」


『お嬢さん』は、優雅にお茶をしばいてらっしゃったのだった。

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