第4話 ゴブリン滅殺

今回使用する魔導具の説明


『囀り石』

冒険者ギルドの販売する魔導具。起動すると、一番近くのシェルターまで案内してくれる。シェルターに到着すると、今度は起動された場所まで道を遡って案内してくれる。



『再遇の貝』

貝殻の形の魔導具。護衛が主人を見失った時のための魔導具で、対になった片方ずつを、主人と護衛とで持つ。起動すると、もう片方のある場所まで案内してくれる。



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 棲家を出る。

 男は置いてきた。


 男は――


「お嬢様は……鋼の鎧を着けてる。亜魂魄デミマトンが仕込んであって……白く膨らんでる。緊急体勢。きっと。ミシェールの鎧、青。光る……」


――こちらの質問力の低さを慮ってか、保護対象の人物について非常に丁寧に説明してくれた。


 俺の手には『囀り石』。

 爺さんは『再遇の貝』を持って別行動だ。


 それぞれが、それぞれの魔導具に従って『お嬢さん』のもとへと向かっている。


 これが何を意味するかというと、試されてるのだ。

 俺と爺さんの、どちらが先に『お嬢さん』のところへ着くかという試験。


 俺は『囀り石』の教える襲撃場所へ向かい、そこに『お嬢さん』がいなければ、連れ去られた先を探って追う。


 一方、爺さんは『再遇の貝』の教える『お嬢さん』の居場所へ直接向かう。どちらが有利かは、言うまでもない。だが、関係ない。もし爺さんより遅く着いただなんてことになったら……きっと、恐ろしいことになるだろう。


 分かれ道に出た。


 適当に選んで進む。

 間違ってたら、『囀り石』が震えて教えてくれる。

 そうやって、案内してくれる。

 正しければ、何も起こらない。

 爺さんの拳骨と同じだ。


 襲撃場所へは、5分とかからず着いた。


 あっけなくはあるが、意外でもない。

 あの男は内蔵を痛めつけられ、死にかけていた。

 あんな怪我人でも辿り着けたのだから、そんなに離れてるはずがなかった。


 だが――


 そこには、ゴブリンも『お嬢さん』もいなかった。

 ミシェールらしき死体も無し。

 さて、どこへ連れ去られたか――地面を見たら分かった。


 二列で進んでく、足跡があった。


 通常よりやや深い。

 そしてそれより深い跡が、足跡の間に溝を作っている。

 溝の窪み方からすると、ゴブリンは『お嬢さん』の両足を持って引きずっていったらしい。


 ある予感に従い、俺は、鎖の端を地面から持ち上げた。

 溝を辿っていくと、声がした。

 10匹近くいる。


 ゴブリンの、声だった。


「「「チ○コ!マ○コ!チ○コ!マ○コ!チ○コ!マ○コ!チ○コ!マ○コ!チ○コ!マ○コ!チ○コ!マ○コ!チ○コ!マ○コ!チ○コ!マ○コ!チ○コ!マ○コ!チ○コ!マ○コ!チ○コ!マ○コ!チ○コ!マ○コ!」」」


 そして猿吠をあげるゴブリンたちの足元に、転がっている。

 あれが『お嬢さん』だろう。


 人の形の繭だ。


 冒険者たちは『お籠り』と呼んでるが、正式な名前は知らない。超高価な鎧に付いてる機能で、緊急時に周囲の魔素を取り込み、鎧の外側に殻を作る。全身の輪郭が白く膨れ上がって、これが海に浮いてたら、水死体と見間違うだろう。


 殻は頑強で、たいていの打撃や魔法は跳ね返すし、関節を捻じ曲げることも叶わない。ゴブリンたちもそれを分かってるから、無理にこじ開けようとはしない。だから、奴らは叫んでいるのだ。


 俺も、こんなのを『鎖』伝いに聞かされてたら、何もかもがバカバカしくなって、棲家に帰ってたかもしれない。


「「「チ○コ!ズボズボ!マ○コ!ズボズボ!チ○コ!ズボズボ!マ○コ!ズボズボ!チ○コ!ズボズボ!マ○コ!ズボズボ!チ○コ!ズボズボ!マ○コ!ズボズボ!チ○コ!ズボズボ!マ○コ!ズボズボ!」」」


 卑猥な言葉を叫びながら鎧を叩くことで、中の人間を錯乱させ、向こうから外に出てくるよう仕向けているのだ。これはゴブリンに限らずよく使ってる方法で、もっとスマートなやり方としては、幻覚系の魔法で多幸感を与えたりといったのもある。


 この周辺には、地図に反映されてない洞穴がいくつかある。

『お嬢さん』を剥いたら、そこで犯す気だろう。

 種付けから出産まで、ゴブリンの場合、半日かからない。


 それまでなんとか身を潜め、生まれた赤ん坊を抱えて散開すれば、誰かは逃げ切れるというのが奴らの目算だ。

 浅薄といえばあまりに浅薄だが、これが何とかなってしまうのがダンジョンという環境だった。


 霜を、踏み込むように。


 一歩で間を詰めて、俺は木剣を振るった。

 まずは2匹を屠る。

 次の一歩を踏み出しながら、1匹。

 踏み込んで2匹。

 振り返りながら更に3匹。

 そこから踏み込んで1匹。


 そんな感じで、ゴブリンは全滅。

 奴らの半分くらいは、死ぬまで俺に気付いてなかったはずだ。


 ああ――でも、駄目か。


 轟音が、近付いていた。


 間に合わなかったか……確信して、俺は構えを直す。


 暗闇を、暖簾をくぐるみたいに押しのけて。

 やって来た。


 オーガだ。


 道の向こうから何体も。

 いまだ、その数は確定していない。


「「「おぐ、おぐ、おごぉおおおおおお!!」」」


 膂力、腕力、暴力――圧倒的な力の群れ。

 たいがいの抵抗は、蹴散らせてしまえる行軍。

 だがおかしなことに、その瞳からは獰猛さが窺えない。

 勝利を前提とした、獰猛さが。

 どれも真っ赤な顔を、汗と涙と鼻水で汚してしまっていた。


 その表情に浮かんでいるのは――明らかなる怯え。


 俺は見た。

 オーガたちの、更に向こうに立つ人影を。


 両手に木剣を構えた白髪の巨漢。


「……………………………………………………」


 圧倒的なまでの無言――爺さんだ。


 爺さんが、オーガを追い立てているのだった。

 圧倒的な腕力を、更に圧倒的な暴力――剣の力でねじ伏せて。

 オーガ達の心をへし折り、敗走へと追い込んだのだった。


 ああ――やはり。


 爺さんの姿、そして『鎖』から伝わる感触で、俺は悟った。


 俺はまだ、『お嬢さん』を見つけていないのだと。


 爺さんに、遅れてしまったのだと。

 試験に、落第してしまったのだと。


 その結果が、このざまだ。

 罰として、無茶振りされているのである。


 オーガ達こいつらを、なんとかしてみろと。


 さて、この追試をどう乗り切るか。


 かつん。


 俺は、双剣を打ち鳴らす。

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