第3話 我が家はシェルター

 洞窟の棲家を、どう表現するか?


 記憶を取り戻す前の幼女おれには、そのための言葉が無かった。

 でもいまなら言える。


『どこもかしこも蛍光灯みたいな艶に包まれた、体育館くらいの広さの空間』


 と。


 もちろん、二人で住むには広すぎるし、他に住人がいるわけでもない。

 確かに、住むだけだったらそうだろう。


 棲家のほとんどは、採取した素材の加工場として使われていた。


 探索から持ち帰った魔物の皮や肉を、干したり燻製にしたりするには、これくらいの広さが必要だった。主に換気のため。そしてメインで扱ってる素材の『ダンジョン苔』が、乾燥にやたらと場所を取るためだった。


 棲家の中央には、どこで入手したのか分からない木の板が、ずらりと並んでいる。そこへ刃の潰れたナイフで、採取したダンジョン苔を塗りつけていく。その状態で、一週間放置。そうすると乾燥してパサパサになるから、こそげ取り、袋に詰めて冒険者ギルドへと売りに行く。


 これだけで、並の冒険者の数カ月分くらいの収入になるらしい。


 帰宅したら、まずはそういった素材への処理を行いながら干し肉をかじる。それから魔物の臓物の煮込みで腹を満たし、これもダンジョンの素材で作った酒で口をゆすいで横になる。


 そして、眠る。


 朝になったら、目が覚める。


 洞窟の中でどうして朝が分かるかというと、冒険者たちがダンジョンに入ってくるからだ。常に地面から伝わってくる冒険者たちの足音が、朝になると、入口からダンジョンの奥へと向かうものばかりになるのだった。


 今日は、いつもより早く目が覚めた。


 お気付きかもしれないが、前世の記憶を取り戻してからここまで、俺と爺さんは、いっさい言葉を交わしていない。ここまでの人生の記憶を辿ってみても、会話らしい会話は、ほとんど無かった。


 きっと、今日もそんな一日になるのだろう――と思ったら違った。


 鎖が地面から拾ってくる振動に、足音以外のものが混ざっていた。

 憶えがあった。

 こういう振動は、これまで何度も拾ったことがある。


 場所は――


 俺は、棲家を出た。

 棲家の入り口から、五十メートルも離れてない曲がり角。

 そこに、男が倒れていた。

 死にかけの人間、特有の鼓動を鳴らして。


(『囀り石さえずりいし』……か)


 男は、明らかにこの棲家を目指していた。

 ひと目でわかった。


 男の手には、ネックレスに仕立てた赤い宝石が握られている。

囀り石さえずりいし

 冒険者ギルドで販売してる、緊急時用の魔導具だ。


 ダンジョンに棲んでるのは、俺と爺さんだけではない。

 冒険者ギルドの許可を貰えば、誰でもダンジョンに棲むことが出来る。

 許可無しで棲むことも出来るが、しかしその場合、魔物と間違って襲われたりしても泣き寝入りしか出来なくなる。


 許可を得る条件は、棲家を冒険者のシェルターとして提供し、遭難者の救護に協力すること。

 そして『囀り石』とは、何かあった際に起動すると、一番近くにあるシェルターまで案内してくれる魔道具なのだった。


 とりあえず棲家に引きずってくと、痛みで目を覚ましたのか、男が呻いた。


「ゴブリンに襲われて……灯りを叩き落とされて……混乱……失態……まんまと……お嬢さんが、ミシェールと……ミシェールと……」


『囀り石』は、いったんシェルターまで着くと、逆に今度は、起動された場所へのルートを案内してくれる。この男の場合だと、ゴブリンに襲われ『お嬢さん』とはぐれた場所まで案内してくれるというわけだ。


 爺さんも、既に起きてた。


 男を引きずり入ってくる俺を見ながら、爺さんは干し肉をかじり、粥をすすっている。手伝おうとする気配はゼロ。しかし、もしゃもしゃと食事するその姿に、俺はファンシーグッズ的な可愛さを感じざるをえない。サンリオの泡沫キャラクター的なといってもいい。加えていうなら、記憶を取り戻す前の幼女おれも、どうやら同じように感じてたらしかった。


「ど、ど、どう……」


 男を指さしながら、俺は爺さんに話しかける。

 爺さんが頷く。

 俺は、男に訊ねた。


「も、もう……ひとつ、ある、だ、ろ?」


 男は、何を訊かれてるのか分からないって顔だった。


「お、嬢さん、はぐれたら、ここ、まる、困る? 魔、導具、ある、ある、ある……だろ、はず、あ、あある、ある、ある、はず」


 語彙力が足りない。それ以前に、会話の経験値が少なすぎて上手く話せない。お爺ちゃんっ子というのは、周囲の子供とボキャブラリーが合わなくて友達が出来にくかったりするものだが、この人生の俺といったら、更にそのお爺ちゃんというのが殺伐としたレベルで無口なんだから最悪だ。


 それでも何とか伝わったらしいのは、男が真摯で優秀だったからだろう。


「ここ……ここだ」


 男が、顎で自分の胸元を指す。

 俺は、そこに手を突っ込んだ。

 すぐに、見つかった。


「『再遇の貝』……だ」


 男の胸元から現れたのは魔導具『再遇の貝』――ペンダント仕立ての宝石というのは『囀り石』と同じだが、こちらは貝殻の形に加工されている。護衛が主人を見失った時のための魔導具で、対になった片方ずつを主人と護衛とで持つ。そして起動すると、もう片方のある場所まで案内してくれる。


『囀り石』と『再遇の貝』。


 爺さんが『再遇の貝』を手に取って――ぐい。

 粥の入った椀を、俺に差し出した。

 それを受け取って、俺は粥をすする。

 反対の手には『囀り石』があった。


「…………」


 そんな俺たちの様子を、男がどこか非難がましい目で見てる。

 懇願とか焦りとか、いろいろ混ざった結果なんだろう。

 だがそんな目で見られることに、俺は何も感じない。


 これから『お嬢さん』を助けに行く。

 そのためには、まず腹ごしらえが必要。


 そういう認識が、まず先に立つ。

 そういう人生を、幼女おれは送ってきたのだった。


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