第2話 幼女の毎日
ゴブリンを斃し――
後ろを向くと、そこには老人が立っていた。
一言で表現するなら、デカくて汚い。
前世で会ったら、きっとホームレスと思っただろう。伸ばし放題の白髪を雑に後ろでまとめ、ガビガビになったシャツとズボンに、革鎧の肩当てを着けている。そして靴は、壊れる度に布と自家製の糊で補修を重ねた結果、巨大なかさぶたみたいになっていた。
両手には、俺が持ってるのと同じ木剣。
というか、実際は棍棒に近い代物なのだが。
簡単にいうと、この爺さんは俺の保護者だ。物心付く前から、俺は爺さんとダンジョンの洞窟で暮らしている。そしていつからか俺は、木剣を手にダンジョンを探索し、魔物と戦うようになっていた。まるで、それが子供の正常な成長であるかのごとく。
爺さんの名はムート。
偽名くさいが、冒険者ギルドにはそれで登録されている。
そして、俺の名は――
クサリ。
――それが、この人生での俺の名前だ。もっとも、爺さんが付けたわけではない。最初は『おい』とか『おまえ』だった。しかし、ダンジョンに出入りする冒険者たちが俺のことを『クサリ』と呼び始めると、そのうち爺さんも『クサリ』と呼ぶようになった。
クサリ――名前の理由は、見たまんまだ。
俺の首には、革の首輪が着けられている。首輪には鎖が着けられ、その先端が地面を擦り、いつもじゃらじゃらと鳴っている。単純にそれを見て、鎖――クサリと、みんなそう呼んでいるのだった。
――と、またゴブリンが現れた。
といっても、姿はまだ見えない。向こうはまだこっちに気付いてないが、あと5メートル進んで角を曲がれば、正面から顔を合わせることになる。そんなことが分かるのは、鎖が教えてくれるからだ。
振動とか、それだけじゃなく。
鎖は、空気や魔力の流れやそこに溶け出した感情や意志。そういった諸々の情報を地面から拾い上げ、俺に教えてくれる。鎖を着けてたからそうなったのか、そうなるために鎖を着けさせられてたのか。どっちかは分からないが、確かなのは、これがとんでもなく役に立つってことだ。
姿勢を低くして、曲がり角の陰に身をひそめる。ゴブリンたちが現れたところで、その足元に転がり、目に映る脛を木剣で叩きまくった。
「「「~~~~~~~ッッッッ!!」」」
跳ね起きながら、何匹いるか見定める。あらかじめ鎖で知ってた通り、五匹だった。そのうち三匹は脛を砕かれ蹲ってる。その頭を叩き割って回りながら、残った無事な二匹との距離を整えた。
二匹のうち一匹は、メイジゴブリン。右手に魔力を溜めている。しかし俺が、間にもう一匹が入るように位置を取ってるから、魔法を放つことが出来ない。
鎖は、こんな場面でも役立つ。
メイジゴブリンは、立ち位置をずらそうと考えている。仲間を避け、魔法を放つためだ。何故分かるか? 鎖が教えてくれる。これによって俺は、相手の動きの初動を抑えることが出来る。
たとえば、こんな感じで。
位置を変えるべく踏み出そうとしたメイジゴブリンを、先回りして叩く。真正面から、木剣で。意識の空白を衝かれたメイジゴブリンは、それをまともに頭頂で受け、木剣は頭蓋を断ち割り、奴の鼻の位置まで潜り込んだ。
相手の意識を読んで、その後どう動くかは、稽古で叩き込まれている。乱取りとかじゃなく、型稽古だ。爺さんが毎朝やってるのを、最初は真似して遊んでいた。爺さんは、無視。だがそのうち、間違えると頭を殴られるようになった。殴られた理由は、教えてもらえない。
型稽古で殴られないようになると、今度はダンジョンの探索で先頭を任されるようになった。そしてやはり、ヘマをすると殴られる。いきなり後ろから、ぽかりだ。
しかし最近は、探索でもめったに殴られなくなった。
そのかわり、新たな仕事を任されるようになった。
道場破りの撃退だ。
時折、ダンジョンの棲家を訪ねてくるやつらがいる。
爺さんに弟子入りを願ったり、あるいは試合を申し込んでくる連中だ。
そういう奴らの相手を、俺がさせられるようになった。負けたことは、一度もない。怪我すらもしない。俺みたいな幼女が相手で、最初は怒りや戸惑いを浮かべてたそいつらの大半が、剣を持って俺と退治した瞬間、冷や汗をかきだす。
そして俺は、いつもの通りそいつらを叩きのめし、これもいつもの通り、爺さんに指示されたセリフを、教わった通り、そいつらに向かって言うのだ。
「おじさん、何歳から剣を習ってるの? 週に何日稽古してるの? あのね。子供の頃から毎日稽古してないと、強くなれないんだよ?」
爺さん、性格悪すぎだろ。
さて、残った1匹だ。
やはり攻撃の初動を抑えて、横っ面への一撃で仕留めた。
しかし――ぽかり。後ろから、殴られた。久しぶりの、爺さんによる叱責だ。どうやらいまの攻防で、俺は何かを間違ってしまったらしい。理由は教えてもらえない。
さて、一体どこが悪かったのか?
首を捻りつつゴブリンの死体から素材を採取し、それで今日の探索は終わった。棲家に帰って飯を食い、寝て起きたら飯を食って稽古をし、また探索に出かける。
幼女『クサリ』としての俺は、こんな毎日を過ごしている。
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