最終話 だから言葉を交わそう

「······成長期の頃から全然生えなくて、今も殆ど。その。無いんだ」


 私の股間を見つめるあからさまな視線から逃れる様に、駒沢君は恥ずかしそうに腰の向きを変える。


 そして、駒沢君は何かに気づき怯えた表情に変わる。


「······おい。桜田? 妙な事を考えてないよな?」


「······事前確認しちゃ駄目? 駒沢君」


「駄目に決まってんだろ! アホか!? た、頼むから落ち着けよ桜田!」


「てもさ。駒沢君! 身体的特徴も相手を知るって事の一つじゃない? これって人の心と違って目に見える物だから、ある意味分かりやすく相手を知れる情報じゃないかな?」


「そ、それは分かるけどさ! 俺達まだ付き合ってもないんだぜ? 友達同士で、しかも男女で身体の一部を見せ合うなんておかしいよ絶対に!」


「じゃあ付き合う前提は!? ほら、よく言うじゃない! 結婚を前提に付き合って下さいって。それと似た感じよ!! 付き合うを前提に乳首とアソコの毛を見せ合いましょうよ!」


「何を言ってんだ桜田!? 付き合う前提で乳首とアソコの毛を見せ合う男女なんて聞いた事ないわ!!」


「少なくとも安心出来るわ! 人の気持ちなんて所詮変わって行くもの。目に見える相手の身体的特徴の情報を一つ知るだけでも、その人を分かった気分になれる!」


 この私の無茶苦茶な台詞に、思いがけず駒沢君は反応を見せた。


「······そうだよ。桜田の言う通り、人の気持ちは時間と共に変化して行く。昔あんなに好きだった漫画も玩具も時間が経過すれば興味が薄れて行く。今俺が好きな音楽や芸能人もこの先変わって行くだろう。人を好きな気持ちも一緒だと思う。今心から大好きだと思っている相手も、何れはそうじゃなくなって行く。だから恋人同士も。将来を誓った夫婦さえも別れを繰り返すんだ」


「······駒沢君の言う事は分かるよ。でも、そうやって諦めると誰とも付き合えないし結婚も出来ないよ」


「そうだな。だから話が最初に戻るけど、やっぱり相手を深く知って理解するしか無いんだ。すうすれば、少しでも別れる確率が下がると思うんだ」


「······相手を深く理解すれば、その人とずっと一緒にいられるのかな?」


「······それは分からない。相手を。他人を完全に理解出来るなんて妄想だし不可能だと思う。でも。それでもやっぱり相手を理解しようとする努力は必要だと思うだ」


「······努力。それって、相手とよく話し合うって事かな?」


「そうだな。分からないから。分かりたいから相手と言葉を交わす。それしか無いと思うんだ」


 ······私と駒沢君のぶっちゃけ話はそこで途切れた。気付くと放課後の屋上には、私達以外もう誰も居なかった。


 私は自分の事を以前より駒沢君に知って貰った自負があった。当然の様に駒沢君の好きな女子ランキングの順位に変化があったのか確認した。


 果たして私のランキングは上がったのか。そして私達は身体的特徴を互いに事前確認したのか。それは私と駒沢君の二人だけの秘密だ。


 ただ一つ。今日十七歳の誕生日を迎えた私には一つ分かった事がある。大事だと思う人とずっと続けなくてはならない事。


 それは会話だ。相手を知る為に。自分を知って貰う為に。それが報われるか。それとも徒労に終わるか。


 それは誰にも分からない。それでも会話を。言葉を交わして行こう。


 貴方の事を、好きな人の事を知りたいから。

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