特別編 歴史に名を残す予定の自称大天才、独善唯我の華麗なる生涯 第3話

「あんたさ」

「あん?」

 珍しく朝食の時間に起きていた唯我は、姉と共に食卓についていた。


「その腕時計、どこで買ったの? ずいぶん高そうだけど」

「もらいもんだよ」

 唯我は身に着けていたそれを掲げる。


「毎日つけてるけど、そんなに気に入ってるの?」

「別に」

「じゃあなんで」

「これつけてるとな、そのうち連絡が入るかもしんないんだよ」

「どこから?」

「運営」

「…………?」

 首をかしげる姉を構わず、唯我はガツガツとトーストを口に放り込む。


 〈テスタメント〉オープンβテスト終了以降、いまだ興奮冷めやらぬ大多数は、〈テスタメント〉の続報を待っていた。唯我もまた多分に漏れず、継続プレイ希望組だった。

「やっぱまた剣士だよなー」

 王道である。

 朝の通学路を歩く唯我は薄く軽いカバンをブンブン振り回す。


「アルティ・マークス・ルーグにあと一歩ってところだったからな。次こそはリベンジしてやる」

 実際はあと一歩どころか一億歩でも足りないへだたりがあったが、そんなことは唯我には関係がない。


「剣は金ぴかで、次は魔法も使ってみたいな。こう、強くて派手なやつ」

 夢を見るのは簡単で、それを信じるのは当人の自由である。

 それがいかに分不相応で、まったく世間知らずであっても。

 地に足がつかず、夢に浮かれ、足りない部分は自己正当化エゴイズムで埋めていく。

 それが独善唯我の生き方であった。

 その末路が――――この世界での結末がどうなるかなど、唯我ですらわからなかった。

 このときは、まだ。


「おい」

 下駄箱で靴を履き替えている唯我に近づく影。

「んだよ」

「こっちは上級生だぞ」

「だから?」

 部員の小馬鹿にした態度に、バスケ部キャプテンはさらに険悪を深める。


「今日のゲームは、きちんと味方に目を向けろ。ちゃんとパスを回して勝ちにいけ」

「馬鹿じゃねえの」

 吐き捨て、唯我は自身の教室へ向かう。

「まあせいぜい俺にパス集めるようゴミクズどもに言っとけよ。お前らにはそれくらいしかできねえんだから」

 ヘラヘラとして、振り返りもしない唯我には、その男がどんな顔をしていたかなどわかるはずもない。


 唯我は、思い違いをしていた。

 自分の実力や立場は言うまでもなく――――

 人間の敵意は、時として常軌を逸した行為を肯定するということを。

 果てしない敵意には、倫理や道徳などまるで役に立たないということを。

 唯我は、それを身をもって知ることとなる。

 

「あ」

「お」 

 すべての授業を寝てやり過ごした唯我が部室へ向かうと、廊下でこの前のひ弱な男子生徒と会った。友人らしき数人と仲良さそうに話していたようだ。なんともさえねえ連中だ、と唯我は思った。クラスの隅っこでしょうもないサブカル話を延々としてそうな。


「この前は助かりました。おかげで試合でもチームに貢献できました」

「あっそ」

「今度仲間内で特訓も兼ねたミニゲームやるんですけど、よかったら」

「期待しないで待ってやるよ」

 唯我は興味なくそう言って、去り際に手を振った。


 多分誘われても、行かないんだろうな。

 唯我はそう思っていた。

 底辺同士のなれ合いに興味はなかったし、それが自分になんのメリットもないと唯我は考えていた。そんなことをする暇があるなら、自主練である。ゆくゆくはプロリーグに行くのだから、今のうちに鍛えておかねば。


 そんな野望を再確認しつつ部室に入ると、室内にいた何人かがこちらを見てからひそひそと何かを話す。

『やっぱりまずいんじゃ』

『でもキャプテンがな』

『まあ、全員口裏合わせとけばバレないでしょ』

 唯我はまったくどうでもよく聞き流していたが、この時点で追究していれば、違った未来があったかもしれない。しかし結局、独善唯我が独善唯我であるのであれば、いつかはこのあとの結果になっていたであろうことは、その後の彼らの供述を見てもあきらかだった。

 このあとの独善唯我の運命は、やはりなるべくしてなった結果なのである。

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