第20話

「どう思う?」

「どうって?」

 工場の外、伏せをしているドラゴンのそばで跡永賀はソフィアに問う。あの場にずっといると父の作業の邪魔になるからと――母に追い出された。父は母専属の鍛冶師で、言い換えれば母の装備点検の邪魔になるというわけだ。父は目下、汗だくになりながら母専用の装備を鍛え直しており、その横で母は昼寝している。あの夫婦はこんなところでも平常運転である。立派であるようなそうでもないような。


「そのルーチェって人、なんで外で俺を探してるのかなって」

「多分、それがその人の限界だったんじゃないかな。戦闘士には魔法使みたいな探索能力はないし、戦闘のコストとか考えたら興信所につぎ込める資金も限られる。となると、それらしい名前に当たりをつけて聞き込みするしかない」

「そりゃそうか」

 キリンのように長い首を撫でてやると、ドラゴンは「きゅう」と鳴いて目を細めた。満更でもないらしい。


「期待していたのかもね」

「期待?」

「お兄ちゃんも同じように外へ飛び出して、自分を探しているはずだって。それなら、いつか会えるもんね」

「は、ははは」

 笑うしかなかった。たしかに、うまくいけばそうなっていたかもしれない。外界の存在に気づけば、頼もしい仲間がいれば、

 自分に勇気があれば……

 今までは――〈テスタメント〉を始めるまではどうにかなると思っていた。一人になっても、立派にやっていけると。家族の力なんてなくても――むしろ、常識人である自分がその非常識に手を焼いているのだから、家族の方が困るだろうとさえ考えていた。

 しかし実際はこれだ。兄はどうか知らないが、皆うまくやっている。自分なりに、この世界で自分を表現している。

 自分の無力をここまで痛感したことはない。


「今からでも行ってみる?」

「そうしようかな」

 アイテムボックスから取り出した食料を与えると、ドラゴンは美味しそうに食べた。いける口らしい。どうせ食い切れない程溜まっているのだ。食べさせてあげよう。


「こんな有様だけど、放置するわけにもいかないし」

「見当はついてるんでしょ?」

「まあ……な」

 友達以前に知り合い……少ないから。

「お母さんに頼めばすぐ見つかると思うよ」

「いや、一人で行く。こういうのは、そういうもんだろ」

 それがけじめというものだ。


「じゃあお父さんに装備を用意してもらって」

「それもダメだ。やっぱり、素の自分じゃないと。家族におんぶにだっこじゃ面目もありゃしない」

「じゃあモンスターとは戦わない方がいいね。あ、そうだ。強いモンスターを仲間にすればいいんだよ。自分の力で仲間にしたなら、それはお兄ちゃんの力ってことだよね☆」

「できたら、な」

 跡永賀はもしゃもしゃ口を動かすドラゴンを見上げる。これくらい立派なモンスターが仲間なら心強いのだが……

「ぷるる?」

 足元のモモが不思議そうに跡永賀を見上げた。

「ぷる~」

 ふにーっと餅のような頬を優しく引っ張る跡永賀。「スライムじゃなぁ」




【シェルター内壁前】

 街を形作ったシェルターの端は、一見途方も無い草原が広がっているが、その実巨大な壁であり門である。


「近づかなきゃわかんないな、こんなの」

「だよね」

 隔壁に等間隔で設置されたスイッチを押すと、重低音で壁がスライドして口を開ける。そこから入ってきた風には、かつて体験版で嗅いだ匂いがした。そうか、あそこはここだったのか。

 ここが、〈テスタメント〉の始まりだったのか。

 開始から三ヶ月近くになって、ようやくスタートラインに立てた。


「感動の涙?」

「自分の情けなさで、だ」

 目頭を押さえた跡永賀は、切り替えるように頭を振り、

「それじゃあ、またな」

「さよならは、言わないよ」

「ああ、うん。……なんかさ」

「うん?」


 ソフィアは金色の髪を揺らして小首を傾げる。その仕草に溢れる可愛らしさに、跡永賀の心はわずかに騒いだ。

「お前を見ていると、知り合いを思い出す。あの人も、なんだかんだで俺の面倒を見てくれていたんだ」

 一見ただの無職のくせに、よくよく振り返るとその行動は自分に対する献身に溢れている。あの人は、そういう人間なのだ。

 今、彼はどこで何をやっているのだろう。


「その人がどうしてるか気になる?」

「かもな」

 跡永賀は小さく笑い、ソフィアはにこりとする。

「大丈夫。お兄ちゃんが元気でいれば、きっとその人も元気だよ」

「そう思いたいな」

 門を潜り終えると、分厚い壁が降りていく。振り返ると、ソフィアが手を振っているのが見えた。

 やがてそれも見えなくなる。

 外から見たシェルターは、自然色で迷彩されており、内壁同様遠目からは判別できないだろう。


「マップデータはあるから大丈夫だろうけど」

 アイテムボックスのように、プレイヤーの初期機能としてインストールされた地図。表示されるのは自分が入手した情報次第であるから、外界の地図としてはまっさらなままだ。これから埋めていくしかない。


「一番安いのでいいから装備は揃えておくべきだったかな。……今更だけど」

 もっとも、給付金のほとんどは父探しに使ってしまったから、雀の涙しかない。そんな額で買える装備に意味はあるだろうか。いや、多分ない。


「結構いるな」

 広大な草原の向こう、モンスターと戦うプレイヤーの姿がちらほら。三ヶ月も経てば当然か。

 さて、この中にルーチェなる人物はいるのか……。名前しか知らないのは辛い。もっとも、外見を母に尋ねたところで、その格好のままでいる保証はどこにもない。ゲーム序盤というのは、装備がコロコロ変わるものだ。ヘタをすればその情報に縛られて見逃してしまうこともありうる。


「手掛かりになるのは名前と」

 声、か。

 それだけあれば、あいつかどうかわかる。自分を見つけてほしいなら、自分に誇りがあるなら、あいつが声を変えるはずはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る