第19話

 手続きを終えると、カウンター向こうの自動書庫が動き出し、一冊のファイルがこちらに運ばれてきた。

「当たりだといいね☆」

「まったくだ」


 ソフィアは借金の身、自分はまるで使っておらず給付金はたまっているが、他に何もしていないので持ち合わせは九〇〇〇そこら。不用意なことはできない。だから最初に探す人物はこうなった。

 目的の人物は、ここから近くにいるようだ。


 街の中心部から少し外れた場所、入手した情報を入力したマップにしたがって移動する。

「探査魔法使わずに済みそうだね☆」

「だな」


 二人そろって、見上げる。

 そこは、工場だった。何本もある煙突から断続して白煙が上昇し、その盛況ぶりを表現している。なんというか、まるで昭和の下町にでもありそうな町工場だった。



『タロー・ファクトリー』



 入り口の看板にはそうあった。

 跡永賀は、まず父を探すことにした。父が捻った名前を使わないことは、日頃やっていたゲームのデータを見て覚えていたのだ。それにあの人のことだ、なんだかんだで母のそばにいるだろうという見当があった。


「あら? また弟子入りの人かい?」

 二人が入り口で立ち止まっていると、中から中年男性がやってきた。頭に手ぬぐいを巻き、腰には様々な工具を下げている。幸薄そうで貧相な印象。人の良さそうでこき使われそうな風貌。

 うむ、まさしく。


「父さん」

「おお、その声は跡永賀か」

「うん。俺だよ」

 久方ぶりの家族との再会。跡永賀は目頭を熱くしたが、復活したプライドがぐっと耐えさせた。


「そうかそうか。立ち話もなんだ、中に入りなさい」

 案内されて工場内を見回すと、けっこうな人数が作業をしていた。何かの鉱物を削ったり、何かの骨や牙を加工したり……


「始めはね、母さんの装備を手入れしていたんだよ」

 キョロキョロする息子から察したらしい父が語る。「そのうち母さんが狩ったモンスターや手に入れたアイテムから武器や防具を作るようになった。市販品じゃ限界もあるし、お金がかかるからね。するとしばらくして、父さんの腕を買って装備の手入れや開発を頼む人が出てきて、教えを請う人まで現れた。それでとうとうギルドまでできちゃって。ついには工場を構えることになっちゃったのさ」

「それで弟子入りがどうのって」

「最近は結構来るんだよ。もう弟子なんだか工員なんだかよくわからない有様さ」

 トンカチを振るう音、ヤスリで削る音が、方々から聞こえてくる。これが修行なのか商業なのか……なるほど、判然としない。


「そちらのお嬢さんが彼女さんかい?」

「いや、違う。親切で協力してくれているだけ」

「ソフィアだよ☆」

「ほう」

 父はじっと小さな女の子を見る。ソフィアはパチリとウィンク。タローは「そうか」跡永賀に視線を戻し、

知り合いか」

「うん」

「そうか」

 タローは納得したらしく、それ以上は追求しなかった。


 外から突然、音とともに入ってきた風に髪が揺らされる。跡永賀がそちらを見やれば、出入り口は爬虫類の皮膚のようなもので占められていた。

「お、帰ってきたか」

「何あれ」

「母さんのペットといえばいいのかな……ドラゴンだ」

「ああ……」

 大きすぎて、姿のすべてはわからない。ここから見える体がぶるりと震え、何かが落ちた――誰かが降りた。


「帰ったわよ」

 やってきた女性――久しぶりに見る母は、狩人のそれだった。ワインレッドを基調としたアーマーやマント。身の丈程もある大剣を二つも背中にぶら下げている。一つで充分だろうに。どちらも激戦があったと物語る程に、ボロボロであった。


「母さん……?」

「あら跡永賀」

「あ、すぐにわかるんだ」

「あなた名前そのままじゃない。〝透視インサイト〟のアビリティで表示されてるわよ」

「そうなの?」と跡永賀はソフィアとタローを見るが、二人はわからないと首を振る。「そっち方面のアビリティは磨いていないから」


「便利よこれ。変装されても見破れるし。擬態するモンスターがいてさー」

 世の母親というのは、往々にしておしゃべりである。とりとめのない話を纏めるとこうだ。

 母はプレイ早々に父と再会し(そのために透視アビリティを会得したのではと跡永賀は思ったが、そこを追求すると怒られそうなので口にはしなかった)、街での探索もそこそこに外界へ向かった。するといるのは多種多様なモンスター。母は意気揚々と闘いを始めた。


『痛くなかったの?』

『市販品のしょっぼいやつだけど、防具や武器はあったからね。そのうち〝鎮痛ペインキラー〟ってアビリティのおかげで気にならなくなった』

 そんなアビリティがあるとわかっていればと跡永賀は後悔したが、かといって知る機会などまったくなかったことに気づく。

『あのドラゴンは?』

『色々あって仲間になったのよ。職業選定所で確認したらジョブが〝竜騎士ドラゴンナイト〟になっていた。ステータスが条件を満たしたのか、一連のイベントでこうなったんでしょうね』

 無職には耳が痛く、羨ましい話である。


「モンスターってここ……シェルターの中に入れていいの?」

「ダメとは言われてない」

「そりゃそうだけど」

 頭に入れられたデータにはなかった。本当に基本的で必要最小限のことしか説明されていない。まったくもって不親切設計。ペーパーレスにすればいいというものではない。


「……って、あんただって入れてるじゃない」

 腕の中に隠れていたモモを咎められた跡永賀は、「こいつは最初からこっちにいたんだよ」

「そう。ゲートの開閉の時に紛れ込んだのかしらね。それにしてもそれ……」

 花子は怪訝な顔で、「どうやって手に入れたの? 何かのイベント?」

「え、別に。こいつの方からやってきて、懐かれてそのまま……」

 すると花子は複雑そうに、「昔から動物に好かれてたもんね、あんた。まったく、運がいいんだか、悪いんだか」

「ん?」

「こっちの話」意味深な発言を残し、花子はタローに背負っていた大剣を預けた。「とりあえず急ぎでこれ二本ね。残りはそれからにして」

「わかった。それで花子」


 何気なく、いつものように父は母の名を呼んだ。

 それだけで、

 殴られた。


「ここでは『ハンナ』よ。何度言わせるの」

「これ……」

「どう見ても瀕死だね。というか致命傷」

 倒れた父は首が変な方へ曲がり、打ち上げられた魚のようにピクピクしている。

「だいじょうぶ。この〝妖精の鱗粉〟を掛ければ全回復よ」

 アイテムボックスから取り出した粉を父にぱらりと撒く母は平然としている。


「いや、治せばいいって問題じゃ」

「文句ある?」

「ありません」

 母が拳を握ったので、跡永賀はすぐにそう言った。

「それで、あんたは今まで何してたの」

「あー……色々」

『聞いてくれるな』と暗に言ったのを察したらしい母は、「そう」とだけ言ってソフィアを見る。

「この子は……」

「ここで会った知り合いなんだ」

、ね。そうなの?」

「そうだよ☆」

 可愛らしく答えるソフィア。紹介したのにわざわざ確認しなくても。跡永賀は釈然としない。


「じゃあそういうことにしておきましょ」

「それで、姉さんには会わなかった?」

「会ったわねぇ。どっかの森で。でもあの子、今はあんたに会いたくないって」

「なんで?」死の淵より還ってきたタローから花子もといハンナに目を戻した跡永賀。「何か嫌われるようなことした?」

「逆。嫌われないように――好かれるように自分を磨きたいんだって。だから納得できるまで一人で修行してるって。一応この工場とお父さんのことは伝えておいたから、そのうち会えるでしょ」

「なら探さない方がいいか」

「探すといえば」ハンナは何かを思い出したように指を顎にそえた。

「どっかの山で『アトエカを探している』って女の子がいたわね」

「俺?」

「その名前で高校生ぐらいの男の子を知らないかって聞かれたら、あんたしか思い浮かばない」

「まあ、そうだろうけど」

 この人のおかげで、同年代で名前がカブったことは人生一度もない。多分、日本中探して十人いればいいほうだろう。


「お兄ちゃんの名前は壮大な伏線だったんだね☆」

「絶対違う。それで、その人どういう人?」

「名前は〝ルーチェ〟――ああ、言い忘れてたけど冬窓床は〝トウカ〟ね――、ジョブは戦闘士ストライカー

「戦闘士?」

「基礎的な戦闘職のことだよ☆ もっぱらバトルする人はまずその職に就くの。そこから色々なジョブに派生するんだ☆」

「じゃあまだまだってことか」

「そうでもないわ。さっきお母さんが行った職業選定所や、鑑定アプライザルアビリティ持ちに見てもらえばジョブは確定・更新されるけど、しなければそのまま。ステータスもそれ相応である保証はないのよ」

「ふーん。そういえばモンスターにも色々あるの?」

「モンスターにはモンスターで、等級――グレードがあるわね。シェルター近くの雑魚は新兵ルーキー級。成長具合で幼生や成体の種類も」

「あれは?」


 暇なのか、さっきからこちらを覗いているドラゴン。窓の向こうの瞳は磨かれた宝石のように綺麗だ。

騎士ナイト級の幼生。生まれて大して経ってない」

「あの大きさで?」

「卵からして大きいからね。成体とは何度かやって二・三度死にかけたっけね。まったく、凶暴すぎて困っちゃう」やれやれと肩をすくめるハンナにタローは苦笑し、

「あれは卵を奪おうとしたお前が悪いよ」

「母さん、あんたって人は」


 ハンナはわずかに目をそらし、「だって、美味しそうだったんだもん」

「…………ともかく。一度シェルターの外へ行ってみなさい。引き篭もりなんて恥ずかしいわよ」

「うっ」

 まさか自分が言われることになるとは。普段兄にそう言っている立場ゆえ、跡永賀の心はとても傷ついた。

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