第34話

「それで、この旅館がどうやって建てられたか、だけど」


「いったいどなたが」


 本題。おそらく彼が僕をこの宿によこした理由がそこだろう。知識があっても、それを実行するには相応の技能が要求される。専門書を読んで、それをその通りにできれば誰も苦労も努力もしない。


 異端技術を理解したうえで、それを再現した人物がいる。


 僕が女将にその人物を紹介してもらう。その後、僕がその人に教えを乞う。そしてその建築技術をマスターし、コンサルタントから提供されるであろう資料も合わさればゆくゆくは……


 いったいどんな人なんだろうか。まったくの手探りからここまで形にできるとは。さぞかし卓越した技術の持ち主なのだろう。ひょっとしたら、後の歴史に名を残すような大天才なのかもしれない。


「教えるのは簡単なんだけど……」


 女将は困ったような顔をする。


「どこまで教えたものか」


 僕の顔をじっと見る。そして紹介状に再び目を落とす。


「あの人の……なのよね、きっと」


「あの……」


「そうよね。あの人は自分のことをペラペラ喋る人じゃないし……このままじゃ、ずっとすれ違いよ。そんなの死んだあの子も望んでないだろうし……」


 戸惑う僕に、女将は意を決したように、


「あなたもそろそろ知ってもいい頃でしょう。あなたには知る権利があるし、そのうえでこれからを決める方がきっと」


「はぁ」


 何かを察したのか、マオさんが無言で退室する。


 それから語られた話は、たしかに本人は絶対に僕に話さないと断言できたし、知れたおかげで僕なりの努力の方向性というものが見えてきた気がする。




 ――――昔、あるところに若い大工がいた。


 その大工は家業を継ぐべく多分に漏れず見習いから始めたわけだが、すでにそのころから非凡な才能を見せ始め、めきめきと頭角を現していった。工具を触ったばかりにも関わらず、下働きの間に見ただけで熟練の職人の技をわがものとし、これといった師もなくあっさり独立した。それだけに及ばず、既存の技術をさらに発展させ、現代の建築の基礎を構築していった。その名と腕は王の耳にも入り、まったくの部外者ながら王都の宮殿の建設を主導した。


 そんな名工であったが、色恋沙汰はからっきしだった。


 彼には幼馴染があったが、これといって浮いた話がなかった。彼は何度か想いを告げようとしたが、そのたびに『あれを達成したら』『これを完遂してから』と逃げていた。それも王宮竣工でいよいよ逃げ道がなくなり、求婚しようとした時であった。


 幼馴染の女性が、とある本を持ってきたのだ。その本には未知の建造物がたくさん載っており、とても現在の技術では再現できないものばかりだった。


 彼女はそのうちの一つを指さし、『これを建てられるか』と問うた。男はその場で出来るとは言えなかった。いかに天才といえど、まったく別種の技術や素材で構築された建物を再現できるはずもない。どんなに小さくても、とっかかりが必要であった。


 彼女はさらにこう言った。


『もしこんな立派な城を建てられる大工さんがいるなら、私はそんな人の妻になりたい』


 男は観念したように深く息を吐いた。


『建ててやるから、結婚しろ』


 売り言葉に買い言葉であった。


 その後、二人は夫婦となり、子供ができた。妻の方は先に逝き、ついぞその城を見ることは叶わなかった。けれど夫の方は、今もその城を作ろうと各地の遺跡を探索し、技術の探求と吸収に明け暮れているそうな。




「まだ起きていたのか」


 すっかり暮れた夜、父が家に帰ってきた。


「どこ行ってたんだよ」


「あー……酒飲んでたんだよ」


「どこの遺跡に行っていたんだよ」


「なんだ知ったのか」


 我が組の棟梁はやれやれといった具合に自作の椅子に腰かける。


「ずっと遊び惚けているフリをして、ずっと異端の建築秘術を探っていたんだろ」


「まだ果たしていない誓いがある」


「言ってくれれば」


 そうすれば、理解することだって、もっと言えば手伝うことだってできた。僕だけじゃない。ほかの人たちだって。組だって、こんな寂れることはなかったろう。


「なんでセガレにカカアとの馴れ初めを語らにゃならん」


 気恥ずかしさでもあったのか、父は視線を天井に泳がせた。


「あいつは産んだお前を抱いて満足そうに逝った。だが俺はまだあいつとの約束を守れていない。俺も向こうに行く前に、あの城をこの世に遺しておく。そうしてはじめて死ねる。もう親子二人が死ぬまで食える程度の蓄えはある。組なんて文字通りお前の遊び道具だ。これからも好きにやればいい」


「僕も手伝うよ」


「これは俺とあいつの誓いだ。勝手に乗っかってくるんじゃねえ。大工としてはともかく、人としてはいっぱしに育てたつもりだ。これ以上、親としてああだこうだ言われる筋合いはねえ」


 つまり、だ。


 父は母との約束を守るために異端技術が眠る各地を回り、手探りで現地の科学者と協力して再現し、最終目標である城とやらを建てるために活動しているのだ。そりゃ、通常の大工の仕事なんてしてる余裕も興味もないだろうな。口にも顔にも出さないが、多分、この人は未知の建築技術に興味津々なのだと思う。母との約束抜きにしても、一大工として。新しいおもちゃを目の前にした子供のように、わくわくしているのだろう。それを子供の僕が問うても、素直に答えることはないだろうが。


「エマスラのあれは失敗だった。完全には再現できなかった。けれど宿として使う以上、既存の技術でつぎはぎをしてでも完成に持っていくしかなかった」


「ああ、それは気づいたよ」


「イガウコのあれは最後の詰めがわからずじまい。あれ以上は古文書が読めないとどうしようもないな」


「その古文書が翻訳されていて、僕の手元にあるとしたら?」


「……何が望みだ」


「僕も一枚かませてよ」


「お前な。親子の縁だの義理だのは求めてねえぞ」


 面倒そうな顔をする父に僕は、


「いや、あの。城を建てられたなら……その」


 目をあっちへこっちへ動かす。


「好きな子に告白できるかな……って」


 父は呆れたように口をあんぐりと開けた。


「お前まだあの鍛冶屋の娘とくっついてないの?」


「まだその時ではないというか、もう少し実績というか……自信?」


「腰抜け……」


 あんたにだけは言われたくないよ。どう見ても父親譲りの気質だよ。

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