第30話

「別メニューってのはよく勘違いされがちだが、まったく新しいものを作るのは厳禁だ」


 逃走失敗した俺はしかたがないので厨房に立つ。だてに料理関連の古文書も翻訳していない。そっち方面にはそれなりの知識はある。


「メニューへの追加には、『増減・変換・分断』――この三大要素が鉄則だ」


 俺はいつもより大きめの器を置く。


「まず増減。これはわかりやすい」


 いつもより多めに飯を盛り、そこに二枚の揚げ物、それらをすっぽり覆う『あん』。


「これで『大盛りのざわな丼』完成。さらにボリューミーになって食いしん坊も万歳」


「ふむふむ」


 主人はうなずいてメモをする。


「段階を設ければ『メガ盛りのざわな丼』・『キングのざわな丼』といくらでも作れる。逆に量を減らして『ハーフサイズのざわな丼』、『お子様のざわな丼』といった調節もできる」


「客としても、足りぬと思ってもさらに頼むのは気が引けるというものだからな。食いきれぬ量を頼むという逆も然り」


 早速モグモグしてるじいさんをそのままに次へ。


「分断も簡単な方だ」


 俺は鳥の揚げ物だけを皿にのせる。


「のざわな丼を構成する部分を一品として出す。俺の故郷ではこれをチキンカツと呼んだ」


「これだけでも美味しいものね」


 そういえば主人に最初に試食させたのはこれだったか。


「最後に変換だが、これは完成度の高い料理には通用しない。いじりようがない。無理にいじって質を損なうくらいなら最初からやらない方がいい」


 俺は飯と卵を混ぜ合わせる。


「ので、のざわな丼の一個手前で変換する。米と、チキンカツに使う卵を炒める」


「炒める……」


「油を引いた片手鍋で焦げないようにかき回して焼く、みたいな」


「そういうのもあるのね」


「あるのだよ。そうして炒めた飯をチャーハンと呼び、これに『あん』をかけると」


「あんかけチャーハン?」


「そゆこと」


 俺はうなずいて老人に次の料理を渡す。


「うむ。素朴な味だ」


 評論家は一口目にそうコメント。


「しかしチキンカツを排したために味の主張は落ちたと感じる。具材を加えるか調味料を濃い目にしてようやく一本立ちと言えよう」


 二口目でしっかりダメ出し。


「基本的な型としてはこうだ。値段含めて、あとは試行錯誤して作り上げていけばいい。自分の店なんだから」


「まったく新しいものを作るのはダメって言うのは?」


「それって仕入れから調理までまったく独立した料理ってことだからね。ラインを増やすことになる。たしかに売りが増えることはいいことだが、その分の手間が倍増するというコストと、仕入れた食材が無駄になるリスクを抱えることになる。落ち目の店が一発逆転でやりがちだが、経営難で無思慮にあれもこれもと手を出すのは、無駄な支出を増加させるだけで結局寿命を縮める行為ということだ」


 まあ今の経営状況ならそれくらいの投資はやっても構わないけど。そのタネがないからな。主人も新メニューに思うところはないようだし。


「ありがとう。おかげで色々わかった。やっぱり何か報酬を」


「いらないって。今まで通りタダ飯と残り物でいいよ」


「でもマオちゃんだって働いてもらってるし……」


「そっちのギャラはあいつと相談してくれ」


 多分、あいつもいらないって断るだろうけど。


 それから、主人はとりあえずといった風で新メニューの開発を始めた。開店まではまだ結構あるが、すでに店の前には人の影がちらほら。開店待ちまで出てくるとは。以前の廃墟一歩手前の[のざわな]とは大違いだ。


「こんちわーっす」


 裏口から運送屋がやってきた。


「これ、今日の仕入代金ね。物は倉庫に入れといたから」


「おつかれ」


 俺はレジ替わりの小袋から何枚か取り出す。六種類の小袋を用意しておいて、収支に対応する格好だ。そういや今後はメニューが増えるのだから、別の値段のものも増えることになる。会計ミスが発生しかねないことをマオに言っておかねば。


「たしかに」


 請求書と領収書に目を通した男は、「ちょいと相談があるんだが」


「うちの得意先に今まで教団本部に食材を卸していたところがあってね」


「ほうほう」


「それが今やあれだろ? 完全に発注が途絶えてんだよ。作ってるところは教団本部専用でやってたから大打撃でさ。運んでる俺の方はこうやって贔屓先替えれたからいいけどさ。こりゃもう畑つぶして宗旨替えか最悪首吊るか、みたいな状況なんだよ」


「うちでそれ仕入れろって?」


「実は他の老舗の飯屋にも話は振ったんだが、どこも使い道がわからないってんで門前払い。ここが心機一転したばっかりで、新しいことに手を出したくないってのはわかってるんだが、ほかにあてがなくてさ」


 運送屋は懐から袋を取り出し、中を俺に見せる。


 そこに納まっているのは白い粉だ。


 粉……?


 俺はそこに指を入れて口に運ぶ。


 ペロッ。


 これは……


「どうかな?」


「……そしたらとりあえず、ダブついてるのはうちで引き取るわ。それで当座はしのげるでしょ」


「恩に着るよ」


 教団本部ってことは総教皇が欲した食材で、要するに総教皇が食べたいもので、そこから調べればおのずと答えにたどり着く。さすがの総教皇も、この世界での食事には苦慮したと見える。


 正直これが[のざわな]のメニュー入りできるかは博打に近い。ただ、成功すれば俺の食生活が豊かになるのは間違いなしだ。


 こういう実験が気軽にできるのも、俺が報酬を断ってる理由だったりする。金をもらってないから気兼ねなく試せるし、向こうも金を払っていないから文句もそうはないだろう。


「で、今なにしてんの?」


「新しく出す料理の試作」


「へー」


「ついでに食っていきなよ」


「そうさせてもらうかな」と運送屋は厨房の奥から客席に回り――――、


「おお、これは。また会いましたな」


 あの老人とエンカウントした。


「……ども」


 運送屋は目をそらして軽く頭を下げる。


「せっかくの料理も一人ではいささか味気がない。ここはひとつ卓を囲んで意見交換とでもいきませんか」


「はぁ……」


 老人の申し出に押し切られるように、運送屋は対面に座る。


「この『チキンカツ』というのが中々の一品でしたな」


「なるほど。これ単品で出すのか」


 サクサクという小気味いい音が響く。


「これ一品でもうまいけど、飯が欲しくなるね」


「同感ですな」と老人は続く。


「炊いた飯をつけると納まりがいいのでは」


「そこに汁物もつけてワンセットでもいけるね」


 運送屋は老人に何か思うところというか、負い目があるようだが、こと食に関しては意気投合しているようだ。


「あの二人の意見は参考になるから、あとでまとめておくといいよ」


 俺の言葉に試作に集中している主人はうなずく。


「ただいま戻りました」


 エスコートを終えたマオにいくつかの引継ぎと指導をしてから、俺は帰路についた。


 うまくいくといいけど。


 俺の手にある粉のつまった袋が風に揺れた。


 その後、この粉を見かけたどこぞのギャルが麻薬だの青酸カリだの騒ぐ顛末てんまつは、至極しごくどうでもいいので記されぬ物語である。

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