第29話

「食べたときは『もう死んでもいい』と思いましたね」


「大げさだなぁ」


 数日後、一〇個の試作品を持ってきた彼女が開店前の[のざわな]にやってきた。


「一食で人生に満足せんでも」


「料理人冥利みょうりには尽きるけどね」


 テーブルに並べられていく丼に主人は興味深そうに息を漏らす。


「今後はこの器に盛り付けていこうと思うんだ。丼とは、やはりこうあるべきなんだ」


「私はいいけど、これ割れたり欠けたりするんじゃない」


「そこにもおもむきがあるんだよ。美学だよ」


「ああ、そう」


 そこには興味なさそうに主人は器を手に取り眺めた。


「どれがいい?」


「どれもいい品だと思うけど」


 形状や模様が様々な食器が卓上を占拠していた。いわゆるコンペというやつだ。


「今まではずっと同じタイプの木皿でしたからね」


 別のテーブルを拭いていたマオも参加した。


「これだけでもう新鮮というか」


「全部手作りだからな。一つとして同じものはない。あとは基準となる形や色や柄を決めていくのさ」


「全部いいデザインだと思いますよ」


「んじゃ全部採用で」


「ありがとうございます」


 鍛冶屋の娘は嬉しそうに頭を下げた。よかったね。


「丼をそこそこ作ってもらって、あとは別メニューに合わせてまた作ってもらうことにするよ」


 今日の分ね、と俺は銀貨袋を渡した。ずっしりとした重みに鍛冶屋の娘は驚いた。


「結構、ありますね」


「純銀貨三〇枚ね」


「え」


「ひとつ純銀貨三枚として一〇個だから……買い叩きすぎたか」


「あの器ひとつで純銀貨三枚……」


「ちなみにあと三〇〇発注するから前払いで純銀貨九〇〇枚、もう用意してる」


 俺はテーブルの下から特大サイズの袋を取り出し、彼女の目の前に置いた。あー重かった。


「こっちでも確認はしたけど、枚数が合ってるか、合銀貨が混ざってないか確認してくれ」


 俺が袋の口を緩めて中を開くと、ギンギラギンの銀の光が放たれた。


「…………?」


 なんの反応もないことを不思議に思った俺は少女の顔の前で手を振る。


 立ったまま気絶してやがる……


「ちょっと多すぎたパターン?」


「多分ね。私も最近金銭感覚おかしくなってきたけど」


「でもこれくらい大盤振る舞いしないと使い切れない」


「それもそうなのよね」


 主人はチラッと奥を見る。繁盛するのはいいが、使う時間もあてもない。結果、一室を金庫部屋にしてとりあえず貯金してる。かなり不用心だと思うが、まあ強盗が来たところでマオがいるしどうということはない。


「金と言えば」


「?」


「行きがかり上ずっと俺が預かってるけど、あのじいさんから資金援助を受けてね」


「ああ、あの常連さん」


 俺は懐から例の袋を取り出す。


「そっちに渡しておこうか」


「いくら?」


 俺は袋の中身を見せる。


「純金貨一〇〇枚」


 実際は数枚使い込んだけど。


「おお、なんてことだ」


 こっちも気を失ってしまった。


「ほう。面白いことをやっておるな」


 振り返ると、件のじいさんが丼を眺めていた。当然のように開店前に入ってくるな。


「新しい器よ」


「ふむ。なるほど」


 器が老いても尚しっかりした手を転がる。


「『粋』だな」


「『粋』だろ」


「どれ。私もひとつ作ってもらおうか。して、この器を作ったものは誰だ」


「ああ、それなら」


 俺はちょうど鍛冶屋の娘を紹介した。すると老人は性懲りもなくべらぼうな報酬を提示して再度彼女を機能停止させた。数分後、アイル・ビー・バックしてきた彼女はどうにか老人との契約を成立させたのである。


 その後、このマイ丼がイガウコでブームとなり、鍛冶屋とは名ばかりのレベルで一大事業として成長することになるのだが、それはまた別のお話というやつである。


「よかったね」


「頭おかしくなりそう」


 そう言い残し、彼女はサンタクロースよろしくデカい袋を背負って帰っていった。


「マオ、念のために店まで送っていってくれ。襲われたらシャレにならん」


「わかりました」


 カモがネギどころか鍋からコンロから包丁までしょって歩いてるようなもんだ。


 歩く金庫を追っていくマオを見送った俺もまた、帰ろうとし、


「そろそろ新しい料理の一つでもできた頃と思ったのだがな」


 じいさんに捕まった。


「そこはまあ、主人の采配というかなんというか」


 そこで主人に二人の目は集中する。


「毎日忙しくて、とてもそんな余裕は」


「ガンバ☆」


 俺はそれだけ言って逃げる。


【しゅじん の て が かた を つかんだ】


 が、ダメ……!

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