第28話

「いやあ。あの貯金箱はいい仕事だったよ」


「ありがとうございます」


 鍛冶屋の前まで来た彼に挨拶したらお褒めの言葉をもらえた。


 期待していたら、本当に来てくれた。


「それでちょっとまた頼みたいことがあってね」


 私の弾む心を知ってか知らずか、そんな提案をしてくれた。


「今度は食器を作ってほしいんだ」


「食器ですか」


「深皿っていうのかな。こう……」


 彼は手ぶりで伝えようとするが、すぐに思い直す。


「やっぱ実物を見せた方がはやいな」


「ええと?」


「ある料理があってな、その料理に似合う食器をな。このあとなんか予定ある?」


「ええと」


 私は店の中で鉄を叩いている父を見た。


「なるほど。あっちの許可か」


 それで察したらしい彼は店に入り、父の後ろに立った。


「お父さん、娘さんを借りていいかい? 洗って返すから」


「勝手にしろ」


 父は振り返りもせず、それだけ。貴重な大口のお客様になんて態度でしょう。だからいつまでたってもこの店には客がつかないの。


「じゃあ行こうか」


「あ、はい」


 ええとつまり、私は彼に連れられてご飯を食べに行くということだろうか。


 んー?


 これってひょっとして。


 …………デート?


「ちょっと待ってください」


 先を行こうとした彼に声をかける。


「着替えてきますから」


 さすがに汚れた作業服というわけにはいかない。


「じゃあそれまで店の中で待ってるよ」


「すみません」


 私は詫びて奥に引っ込む。


 服を漁って改めて思うのは、私はあまり着るものを持っていない。寝巻と作業服といくつかの私服。どれもすっかりくたびれて、年季を感じる。


 とりあえず、昨日の飲み会で着ていったものでいいだろう。


 私が戻ってくると、男二人で何やら話し込んでいた。


「頼んだら剣作ってくれる?」


「ああ」


 座って作業する父のそばに彼がしゃがみこんでいる。


「剣売れてる?」


「全然」


「じゃあなんで作ってんの?」


「鉄打ってないと調子狂うんだよ」


「作る努力より売る努力した方がいいよ」


「うるせえ」


 彼は私に気づいて振り返る。


「お待たせしました」


「いいよいいよ。それじゃ行きましょ」


「はい」


 デート……なのかなあ?


 結局、その疑問は聞けずじまいでした。




「あの店、取引先とかないの?」


 店を一緒に出て数分、お互いしばらく無言でしたが、彼が口を開きました。


「そういうのはいないです。たまに冒険家の方が使ってくださるくらいで。いつも剣を作ったりしてるんですが、ただの暇つぶしで売る相手もいなくて」


「無駄に剣作って店内を圧迫してるだけ、みたいな」


「はい……あ、でも最近は古くなった剣を戻してまた作り直してるので、そこまで邪魔には」


「はてしなく不毛っすね……」


 彼は呆れた顔をした。


「おかげで私も別のことに打ち込めてこうなったわけで」


「やっぱり独学か」


「最初は土をこねて遊んでただけなんですけどね。そのうち焼いてみたらどうなるかなと」


「そういう発想は大事だね」


 彼はうんうんうなずく。


「結局、なんでも単純に見かけや形だけを作るのなら誰にだってできるんだよ。そこから先は、その人の発想と尽力次第ってことになる。俺はね、あなたのそういうところに期待してるんだ」


「あまり期待されると重圧が」


 という反応をしつつも、私はどんなものだろうと思いをはせていた。どんな料理が出てきて、それに似合う器とは、どんなものだろう。私はひそかな興奮を覚えた。


「相変わらずひどい行列だ」


 彼の目の先には、ずらっと並ぶ人の群れがあった。うちの店とはまるでダンチというやつ。


「[のざわな]ですよね。高名な食通も唸らせる味だとか」


「行ったことある?」


「そんな。とてもとても。うちの稼ぎじゃ一生縁はないですよ」


 大変な美味らしいが、それだけ高額なのだ。一食のためにそこまでできる余裕など、万年貧乏なうちにあるはずがない。


「まあ目的地ここなんですけどね」


「え」


 彼は行列を避けるようにぐるっと回って、裏口から[のざわな]に入っていきました。


「ほら、どうぞ、入って」


 彼の手招きに誘われて、私も恐る恐る入ります。そこから通路を抜けた先には厨房がありました。


「一個作って持ってきて。あと部屋借りるよ」


「わかった」


 彼が調理している女主人にそう頼み、今度は別の部屋に私は案内されました。


「あの、えっと」


「まあ座って」


 ここはご主人の居住スペースのようで、リビングのような部屋です。簡素なテーブルを囲むように置かれた椅子にとりあえず座ります。


「外から見たら人気の行列店だけど、一人のときは店内の座席数を絞ってるから、一人でもそこまで大変ではないんだよ実際。初日は臨時で席増やさないとさばけないレベルだったけど」


「はあ、そうなんですか」


 って、そうじゃなくて。


「並ばなくてもいいんですか」


「いいよ」


「お金の方は」


「いらないよ」


 えぇ……。突拍子もなさすぎて、頭が追いつかない。何を聞けばいいのだろう。


「この店立て直すときに報酬のこと聞かれてさ。儲からなくて立て直すところから金をとってもあれだし、じゃあ好きな時にタダで食わせてくれて残り物もらえればいいかなって」


「は、はぁ」


 そういえば、[のざわな]が繁盛するようになったのは最近。ということは……


「おまたせ」


 私の思考は、ご主人がもってきた料理によって中断された。


「これの器を作って欲しくてね」


 彼の言葉がうまく頭に入ってきません。


 それもそのはずで、目の前の料理に脳の処理能力を奪われてしまったのだから。


 これがあの『のざわな丼』。


「たまには手伝いに来てもいいのよ」


「嫌だよ。もう二度とやんねえ」


 彼とご主人の会話を尻目に、私は恐る恐る目の前のごちそうに手を伸ばし――――

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