第27話
「『コンサルタントのサダミ・アツム』ねえ」
道具屋の跡継ぎは「知ってる?」と周りを見る。全員が否定した。
仕事終わりに稼業の後継者連中が酒場[ファミリーバンチ]で談話するのも、今となってすっかり恒例だ。
「今日がツチヤのおごりってのは、そういう事情だったわけね」
商人の跡取りがぐいっと酒をあおる。
「今までおごられてばかりだったからね。今日は好きなだけ頼んでよ」
僕は苦笑する。思えば、今までまったく稼げてなかったからおごられてばかりであった。
そこでふと、店内のあるものが目に入った。
「あ、ちょっと」
そばのテーブルを拭いていた店員に声をかける。
「なにか」
短髪の男性はこちらに体を向け、メモ帳を取り出す。無表情に近い顔色だが、不機嫌というわけではないだろう。見た目は僕らと同世代。
「あ、注文じゃなくて」
僕が店の奥へ指をさす。そこはカウンターになっていて、店主が常連と会話しつつ調理をしている。
「あそこに飾られてる絵なんですが」
カウンターに接した壁、店主を見下ろすように飾られた絵が、ふと気になったのだ。
「ああ、あれですか」と店員は気づき、
「数ヶ月前の集団通り魔事件を知ってますか」
「話だけは」
数ヶ月前にイガウコを聖十字騎士団なる連中が襲ったというあれだろう。その日は作業現場に出張っていて、僕は直接は関わっていない。
「あのとき、この店を命がけで守ってくれたギルドの絵ですよ」
そこには大勢の人間が描かれていた。中心にはギルドの中心人物であろう凛とした女性と大柄な女性がいて、彼女らを囲うように冒険家たちの姿があった。
「店を占拠した連中を倒し、店内の人間はもちろん、近隣住民を助けてくれた。それに対する感謝というか、供養みたいなものです」
人づてに聞いた話では、その事件で生存したギルドひいては冒険家は数えるほどしかいないという。おそらくは、あの絵の人達は、もう……
「わかりました。ありがとうございます」
「いえ。ご注文は何かございますか」
「ええと……」
何かないかなと僕がテーブルの上を眺めていると、
「ちょっとサトイ!」
耳にキンキン来る声が飛んできた。
「こっち手伝いなさいよ!」
奥の方で女性店員が叫んでる。長い髪を頭のてっぺんでまとめ、後ろへ尾のように垂らしている。歳はこっちも同じくらいかな。
「申し訳ございません」
「あ、いえ」
一礼する彼に僕は、
「大変ですね。あんな同僚で」
「いえ。ああいうところもひっくるめて受け入れるのが男の器ですから」
「はぁ、そうですか」
僕は去っていく背を見送った。
僕はあんなキーキー騒がしいのは嫌だけど。
僕はやっぱりもっとおとなしくて……
僕は川を流れる木の葉のように自然と隣を見る。
『ハンザでも妙な噂があるんだよな。ハンザに入らずに好き勝手に商売してるやつがいるって』
『それヤバくね?』
『ヤバい。いろんな意味で』
『大ケガくらいで済めばいいけどな』
『ほんとな』
対面に座る道具屋と商人の子供が意味深な会話をしている一方で、僕の隣の彼女はしずかにつまみをつまんでいた。
「コンサルタントって知ってる?」
「ううん」
リスみたいに食べる彼女は首を振る。
「繁盛していない商売を立て直したり、新しく利益になることを作り出したりするんだ」
「そう」
彼女は鍛冶屋の娘だ。いつも物静かで控えめだ。
そんな彼女を僕は――――
「最近ね」
「ああ、うん」
珍しく彼女から話を始めた。
「私の作品売れたんだ」
「あの、土を固めて焼くとかいう」
「そう。焼き物」
彼女の家の本業は鍛冶だが、彼女の父は娘に継がせる気がないのか、彼女はその家業に携わることがない。雑用ばかりやっていた彼女が思いついたのが、焼き物とかいうやつだ。
「これで私もみんなにごちそうできる」
「そこ気にしてたんだ」
この集まりは相互扶助が基本だ。儲かっている人がそうでない人の分も出す。商売なんて波があるのだから、儲かってる時に出せばいいというわけだ。
「うち、ずっと貧乏だったから。もしかしたら、また仕事がもらえるかもしれない」
「そうだといいね」
祝福を――幸福を願っているのは本心だが、心のどこかで複雑なものを僕は抱えていた。僕が独り立ちして、自分の組を持てるようになったあかつきには、困窮してる彼女の白馬の王子に―――――なんて思い描いたのはいつからだったか。先に彼女が売れ出したら、それはそれで釈然としないのも本心なのだ。
「その人ね、私の作品をすごく褒めてくれて、私が作ってあげたらすごく喜んでくれて。私も嬉しくなって」
「その人って、男?」
「うん」
…………不穏だ。
にこにこの彼女とは裏腹に、僕はひやひやしていた。
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