第26話
「すみません、ゲンさんいますか?」
とある工事現場に僕らはいた。イガウコ内での工事の情報はだいたい把握している。そのうえで、よその手伝いが必要な規模の工事なんて限られている。
「ああ、彼ね。来てるよ」
はたしてそこにはゲンさんがいて、作業に従事していた。
「ここの現場責任者は?」
「うちの親方だけど」
「呼んできてもらえますか」
ここの親方はうちの父と古い付き合いで、それなりに親しくしていた。父とは違い働き者で、今ではイガウコで一番規模の大きな組を率いている。
「何か用かい?」
彼の申し出に応じる形で、親方がやってきた。
「この場全員の時間を買いたい。まあ一〇分もあれば充分でしょう」
「いきなりそんなこと言われてもねえ。こっちも工期にそんな余裕は」
ピィィィン。
彼が人差し指に載せたコインを親指で弾く。
「おっと」
それを親方が受け止める。
「これでも不服ですかな?」
親方は自身の手にあるものを見て、それが純金貨だと知ったとたん、
「喜んで!」
快諾した。
「金の力は偉大だなぁ」
のほほんと言う彼は、傍観者になっていた僕の肩を叩いた。
「美味しいところは任せるよ。ここまでお膳立てはしたんだし、詰めくらいは当人がやろうね」
「それは、まあ」
不正の裏付けはそろっている。立会人もこれだけいる。あとはここで推理の一つでも披露すればしまいだろう。
「安心しろ。逆ギレされて暴力沙汰になりそうだったら助けてやる。なにせ俺は魔王を倒して世界を救う勇者だからな」
その言葉にマオさんは微笑むが、僕はこの言葉にはどうにも信用できない。彼はどう見ても強そうに見えないし、丸腰である。単純な殴り合いなら僕でも勝てそうだ。
それはさておき。
「何か用か?」
ゲンさんがやってきた。僕たちを中心に、ほかの大工たちが円を描いて集まっている。
『なんだなんだ』
『なんか見てほしいもんがあるんだと』
『まあ休憩にはなるか』
ガヤガヤとした喧騒を尻目に、気おくれと緊張している僕は恐る恐る口を開こうとし――――
開けられなかった。
「はよ」
しかし彼に背中をバシバシ叩かれ、勢いに押されてしまう。
「……ゲンさん、今までだまし取ったお金……返してください」
すると岩のように凝り固まった普段の表情に、動揺と怒りが走った。
「なんの話だ」
「仕入れ値をごまかして過剰にうちに請求してだまし取ってたんですよね。これまでずっと」
「だからそれは原料の高騰が」
「とぼけても無駄ですよ。もう仕入れ先から裏は取りましたから」
「…………」
顔をそらし、必死に言い訳を――逃げ道を探しているようだった。しかしこの衆人環視の中では、逃げ場などないと悟ったのか、
「うるせえな」
ぼそっ、と。
「役に立たねえ棟梁とガキを誰が養ってると思ってんだ。これくらい当然の手間賃だろうが」
「それで組が潰れたらなんの意味もないじゃないですか」
「知るかよ」
あまりの無責任さに、こんな男を今まで信じきっていた己が情けなくなった。
『潰れても別のとこ行くだけだしな』
『しょせん雇われなんてそんなもんだ』
『にしたってこれはねえわ』
野次馬の声を背に、僕は最後の詰めをする。
「《神に誓って》、今まで僕たちからだまし取ったお金を返してください。そして、こんなことは二度としないでください」
真実の呪文である。《神に誓って》というフレーズを口にすると、トモノヒ教徒は嘘がつけない。教団の影響が希薄なイガウコの住民であろうと、ほとんどの人間が大なり小なり信仰しているため、誓約の道具としては有効である。
「なんだと」
青二才に言いたい放題言われることに我慢ならないのか、職人気質の男は不機嫌そうに肩をいからせる。
「もうやめな」
そこに親方が割って入る。
「見苦しいぜ。これ以上ジタバタしたってどうにかなるもんでもなし。スパッと認めて楽になっちまいな。大工だけじゃなく、人間としても終わっちまうつもりかい」
そう促されて、男も観念したらしい。
周りに顔を見られたくないのか、うつむいた。
「……《神に誓って》、そうする」
その誓いを最後に、その場はお開きとなった。
「結局親方にいいところ持ってかれちゃったじゃん」
事務所への帰り道、彼はぼやいた。
「まあでも、親方も心配してくれて、これからは積極的に職人と仕事を回してくれるそうですし」
「結果オーライってやつですね」
マオさんの言葉に僕はうなずく。トータルで見れば、大赤字確定だった仕事は大黒字に化け、仕入れ代金をつまんでいた職人は事実上業界から追放となった。ついでに今後の仕事のアテまでできた。
万々歳の成果である。
「色々ありがとうございました」
事務所前で僕は深々と頭を下げた。
「おいくら払ったらいいでしょうか」
その申し出に彼は手を横に振った。
「あー、そういうのいいよ。さっき払った金が戻ってくるようなもんだし」
「しかし」
「じゃあ、こっちが困ったら恩返しでもしてくれればいいよ」
「そうおっしゃるなら」
「だいたい万事解決ってわけでもないだろ。結局真実の呪文ってのは、当人の自覚に依存してる。過去にどんだけつまんだか自分でもあやふやだったら、もう追いきれない。最悪改宗して逃げ切りだってありうる」
「それはそうかもしれませんが」
思わず安堵していた自分を恥じた。
そこまでよく頭が回るな。
僕は彼に驚くばかりだ。僕だったら、組が食いつぶされるまで何もできなかっただろう。仮に何かのはずみでピンハネに気づいたとしても、感情に任せてあの男を責めて手詰まりだったろう。
「あなたは何者なんですか」
気が付けば問うていた。
[のざわな]の立て直しにしても、うちで起きた問題への一連の解決にしても、ただ者ではない。
本当に彼は何者なのか。
彼は少し考えこむ素振りを見せた。
そして――――
「俺は」
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