第24話
「そこなんだがな」
彼は手元の袋を叩く。
「この金は、あのうるさいじいさんがうちに投資した金なわけだ」
「はぁ」
「つまり元をたどればじいさんの金で、そちらさんがこんな割高な経費を使うはめになったのもじいさんのせいだ」
「そうとも言えるかもしれませんが」
「この人件費をざっと見たら合金貨一〇枚ってところか……ふーむ」
そう。これが問題なのだ。無理して働いてもらった結果が、この高騰した人件費。これではどうあがいても赤字だ。
「迷惑料、特別料金……もろもろ合わせてこれでどうだ」
袋の封をとき、三枚が卓上に並んだ。
全部純金貨である。
「あの」
「あ、細かい方がよかった?」
「そうじゃなくて」
大赤字から一転。
一気に黒字にひっくり返った。
しかし。
「こんなにもらうのも心苦しいというか、納得の問題というか」
「いいんじゃない? 経営苦しくないの? 聞こえてきた感じでは、仕入れの払いが
「それは……そうなんですが」
みっともないところを見られてしまった。
「最近は仕入れ値も上がって、それをお客さんに押し付けるわけにもいかず……」
「仕入高の高騰、ね」
彼は天井を見てから、
「それってあなたが仕入れてるの?」
「いえ。先ほど一緒にいた人が仕切ってくれてるんですよ。ゲンさんといって、うちの中心人物というか」
棟梁があの調子で、僕自身は若輩者である。自然、海千山千のベテランが中心となってやっていくわけである。
「今までの仕入れの記録ある?」
「メモ書きなら」
ちょっと待ってください、と僕は席を立つついでに金貨を受け取る。ここまで弱みを見られた以上、今更格好をつけてもしかたがない。素直にもらっておく。
「ああ、今回の仕入れはまだ払わなくていいから」
すると、そんなことを言われた。
「それはいったい」
「まあ、そのうちわかるよ。わからない方がいいんだけど」
「……わかりました」
意味深な発言だが、多めにもらっている手前、ここは従うのが道理だろう。彼には何か思うところがあるようだ。
「棟梁は?」
事務机に戻ると、道具の点検をしていたゲンさんに聞かれた。
「ああ、いつも通りかなと」
「そうか」
家で寝てるかどこかで飲んでるか……ずっとこの二択だ。昔は腕がよくて人望もあってイガウコの建設を担っていたらしいが、最近じゃこのありさまだ。もう常駐の大工は僕とゲンさんしかいない。
「これからヘルプ入ってるから。今日はそのまま直帰する」
「あ、わかりました」
道具を抱えたゲンさんはさっさと出ていった。こんな小規模じゃ元から抱えてる仕事なんて全然ない。暇を持て余してるゲンさんはよそから引っ張りだこで、あちこちの現場に駆り出されている。もうどこがメインかわからないくらいだ。それでも僕の至らないところの面倒を見てもらっているのだから助かっている。
「大工ってさ、組に帰属意識とかないの?」
メモ書きを渡すと、そんなことを聞かれた。
「どこもそうかはわかりませんが、イガウコでは基本的に仕事や人員を融通しています。どこの組もコンスタントに仕事があるわけじゃありませんから。持ちつ持たれつです」
「となると、今いる組にこだわる理由もないのか」
「そうとも言えますが」
妙なひっかかりを覚えたが、彼がじっとメモに目を通したのでそのままにした。
「何か気になるんですか?」
僕の代弁者のようにウエイトレスさんが問うた。
「ちょっとね……そんなことをする義理も必要もないが、乗り掛かった舟だ」
やがて彼は僕を見る。
「この請求ってさ、そのゲンさんってのが書いて渡してるのかな」
「あ、はい。最初は口頭報告だったんですが、それだと伝達ミスになるんで、書いて渡してもらってるんですよ」
「つまり仕入れ先が出してるわけじゃないと」
「そうなりますが」
だいたい、この手のやり取りは書き起こしたりしないのだ。メモとはいえ、こうやって書き残してる僕の方が珍しいくらいで。
「仕入れ先はあなたもわかりますよね?」
「ええ、もちろん」
「面識は?」
「ありますが」
「このあと予定は?」
「特には」
「じゃあ、行きますか」
彼は金貨袋を懐に戻して立ち上がる。
「仕入れ先に案内してくださいや」
「あの、何をするんですか」
僕同様、彼女もわからないらしく、隣の彼を不思議そうに見上げた。
「
彼はさらっとそう言った。
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