第22話
「つまりこういうことか」
終業後、仔細を報告された支部長は座った椅子を揺らします。
「まず彼が無人ギルドに加入し、自分にギルドマスターを自動委任させる。そしてギルドストレージの中身を回収する。その後、抜け殻となったギルドには浮浪者を代理人として置く。これを五五件……」
結局、その手続きだけで一日が終わってしまったわけです。
「イガウコ支部の休眠ギルドおよびそのギルドが有していた財産すべてが彼に渡ったわけだね」
「はい」
「…………ふむ」
支部長は思慮にふけるように私から視線を外しました。
「あの、これって詐欺や横領にならないんですか」
「ならないだろうね」
支部長はさらっと否定しました。
「たとえば彼が自身をギルドマスターだと偽ってギルドストレージに手を出せば詐欺として立件できる。しかし彼は正規の手段でギルドマスターに就任している。横領にしても、ギルドマスターにはギルドストレージの管理権が与えられる。ギルドマスターとなった彼がどう処理しようが自由だ」
私と同じ考えで安堵したような、釈然としないような……複雑な心境です。通達や事例でも、これを問題とするような記述はありませんでした。
つまり彼は一日であっという間に、なんの依頼をこなすこともなく、合法的に巨万の富を手に入れたのです。
「これって誰かの責任問題になったりは」
「その点は心配いらないよ。むしろ倉庫整理がはかどった。うちの備品係も大助かりだろうね」
その言葉に私は胸をなでおろします。まるでとんでもない犯罪に加担したような心持ちでしたから。
「あくまで規則通りに処理をした結果だ。何も問題ない。そう、我々勤め人は万事それでいいわけだ」
「失敗をしなければ良い、ということでしょうか」
「うん。労働者は定められたことをして、ただ粛々と過失なく給料分働けばいい。仮に一〇〇の成功を収めたとしても、たった一つの失敗で無に帰すこともある。で、あれば、危ない橋を渡らず、ただ安全な道を行くといい」
無理や余計なことをして成功したとしても、もらえる報酬などたかが知れている。それよりも、もし失敗をしたら減給等の懲戒処分を受ける危険性を考慮すべき。支部長は、そうした労働者の論理を説いているのでしょう。
無難に平穏に。
それを引退までコツコツと積み上げる難しさは、今更説明するまでもないでしょう。
「それにしても『冒険するだけが冒険家ではない』、か。私も君もこれで一つ学んだわけだ」
「それは……まぁ」
「しかし、彼が現在在籍するギルドも含めれば五六ものギルドが事実上、彼の手に渡ったわけか」
「どうかしましたか」
「いや。この局面では気にすることじゃない」
「そうですか」
支部長はこの時点で何かを危惧していたようですが、新人の私には何がなにやらでした。
そう、彼は冒険家活動二日目にして、五〇を超えるギルドを掌握したのです。これがのちに大波乱をもたらすことになるんですが……それは別のお話ですね。
「それで今後のことなんですが」
「うん」
「元・浮浪者の方々はギルド所属の冒険家になったので、ギルドと冒険家の参加奨励制度の対象となります。今後は彼らへの配給をすることになるかと」
「そうなるだろうね。冒険家になるのに資格や条件はいらない。そしてギルド加入なら黒星でもできる。ケチのつけようがないとはこのこと」
盲点というのかもしれません。普通、冒険する気もないのに冒険家にはなりません。参加奨励制度もあくまで冒険家の活動を支援するものです。しかし彼は不労所得の手段ととらえたのです。結果として、こちらは五〇人超の人間を養うことになりました。
「結果としてみれば、うちの一人負けということになるんでしょうね」
「そうでもないだろう」
しかし支部長は否定します。
「一日で現役冒険家五五人の新規獲得。これは私の知る限り全支部中最高記録だ」
「それは……ええと……?」
なにか、とんでもないことを言われている気がします。
「おめでとう」
なぜ祝われているのでしょう。たしかに書類を処理したのは私です。あ、でも、それはつまり……
「君がうちのエースだ」
私はめまいがしました。
新任二日目にして、私は都合五六人の現役冒険家を担当する受付嬢になったのです。
「彼は巨万の富を、浮浪者には支援を、君には史上最高の栄誉を。まったく、絵に描いたようなハッピーエンドじゃないか」
支部長の感嘆が遠くに聞こえます。このときの私は失神寸前でした。
翌朝出勤すると、私はその場の職員全員に囲まれて揉みくちゃにされたのは言うまでもありません。出勤して壁に貼られた指標グラフを見たら新人の★が一夜にして約六〇になっているわけですからね。当然、グラフの前には人だかりができ、当人がやってきたら質問攻めをしてしまうのは自明です。
「おめでとう」
「これめでたいんですか?」
先輩の素直な祝福にも素直にうなずけませんでした。
朝の〝配給〟を終えた私は窓口でぐったりします。
「まあいいじゃない。これで新人王はいただきだよ」
大量の参加奨励品を持ってきてくれた備品係のおじさんは笑っています。
「だいたいですね、私はもっと何事もなくこなして裏方にですね」
私の嘆きをよそに、先輩は苦笑して自身の担当冒険家の相手に戻り、備品係のおじさんもやれやれといった調子で去っていきました。
「あのよ」
掛けられた声に振り返ると、私の担当冒険家の一部がいました。つまり、数人の浮浪者です。
「どうしました?」
全員分たしかに配ったはずですが。私が
「もらってばっかりってのも悪いし……」
『なあ』や『んだ』といった同意の声。
「俺らでもできるような依頼、なんかねえかなって」
――――『もしかしたら、冒険家としてがんばるようになるかもしれないでしょ?』
昨日の先輩の言葉が脳裏によみがえります。
「依頼、受けていいかい?」
冒険家としてがんばりたい。そんな願いをかなえるのは、彼らの受付嬢である私の役目。
「はい!」
ついうれしくて、私は声が弾みます。
「もちろんです!」
そう。
このときの私達は、まだ始まったばかり。
私も彼らも、これから先へ。
ここより先へ、
歩き出したばかり。
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