第21話
「事務局としては、ギルドメンバーひいては冒険家が活動しているかの有無は、参加奨励制度に紐づけされています」
「ああ、これね」と彼は該当のページを開きます。
「一日一回、担当の受付嬢にコンタクトを取るか、来局すればってやつ」
「はい。そこで冒険家を継続する意思があると判断し、奨励としてアイテムや資金を提供します。これは冒険家個人としてはもちろん、ギルドに参加していればギルドメンバーとしての参加奨励も加わります」
「ログボね」
「ログ……」
「ああ、こっちの話」手の動作でもって、『続けて』と促す彼に私は、
「参加奨励制度の活用をもって、その冒険家およびギルドメンバーの活動を承認しますので、それがなければ、その時点から活動停止あるいは活動不能と解釈されます」
「つまり俺の探してるギルドは、一ヶ月以内にログ……参加奨励アイテムなり金なりをもらっているギルドメンバーがいるかどうかって話になるんだな」
「その通りです」
私は表の中のいくつかのギルド名にチェックを入れていく。
「こちらの中から加入されるギルドを選ぶということでよろしいでしょうか」
「まあ、そうなるね」
なんとも含みのある言い方に私は引っかかりを感じましたが、加入申請書を彼に渡します。
「それではこちらに加入先とサインを」
今思えば、この時点で疑問に感じるべきだったんです。通常、ギルドに入る冒険家というのは、入るギルドに尊敬なり親交なりがあるメンバーがいるか、ギルドとしての活動が活発であるかが参加理由や判断基準です。しかし彼の場合は真逆でした。まったく活動していない、もう誰もいないギルドを希望しているんですから。
「じゃあこれ」
「はい。……たしかに、受理しました」
提出された書類に不備がないか確認して、立ち上がろうとした私に彼は待ったをかけました。
「で、だ」
「? はい」
「これで俺はここのギルドマスターになるわけだ」
「そうですね。そうなります」
ここで私は、彼がなぜ一ヶ月の不在期間のあるギルドに絞ったのかがわかりました。ギルドはリーダーであるギルドマスターが一ヶ月以上、当該ギルドでの活動の確認や証明ができない場合、ほかのギルドメンバーにギルドマスターの権限が移譲されるのです。その優先順位は、ギルドサブマスターを筆頭とした役職の序列、在籍年数や貢献度をもって判定されるのですが、このギルドには現時点で名目上、活動しているギルドメンバーは彼しかいないので、自動的に彼が後任のギルドマスターということになります。
言い換えれば、この瞬間、彼は自分のギルドを手に入れたのです。
「ギルドにはそのギルド専用の倉庫がある」
「はい。ギルドストレージですね」
その用途は、ギルドで共有する物品や金銭、ギルドで受注したクエストやスカウトの報酬の保管です。
「それ全部俺名義に移しといて」
「あ、ああ……なるほど」
彼の魂胆が読めました。自分専用のギルドを持ちたいのではなく、当該ギルドが保有する財産が目当てということです。これは盲点でした。普通の冒険家は、自分のギルドを作って運営するか、ギルドに入ってギルドマスターに付き従う、その二択です。こんな風にギルドを扱うのは、彼くらいのものです。
このときの私は、彼の思惑を完全に理解できたと確信しました。ええ、これで彼の話は終わりだと、そのときにはそう思っていたんです。
その先が、その奥底が、
まだ控えていたなんて、
思いもしませんでした。
「じゃあ、次に、このギルドに入りますわ」
「は、はい……?」
彼はまだ止まらない。
「次はここ」
トン、と表にある別のギルド名を彼の指が叩きます。
「ええとですね、一人の冒険家が所属できるギルドは一つだけでして」
「じゃあ移籍って形で」
「ちょ、ちょっと待ってください」
私は大急ぎで窓口に戻り、そばの本棚から通達を一冊にまとめたものと、これまでの手続き上のケーススタディが記された事例集を抱えました。
「よっと」
分厚くかび臭いそれを彼のいるテーブルで開き、目を走らせる。
「そうするとですね、今いるギルドは解散しないといけません」
「あ、そうなの」
「ええ。ギルドマスターの移籍の場合、後任を指定してからでないとできないので、後任がいない場合は解散させてから……」
該当の箇所を私は指でなぞります。通達とは、冒険家協同組合事務局内で上層部が出した指示であり、事例集は実際に起こった手続き上の問題をどのように解決したかの前例が載っています。冒険家に配布するルールブックに記載された規則で対応できない場合、こちらを参考や基準にします。
「畳まなきゃだめか……」
「申し訳ございませんが。では今から解散届を持ってきますので」
「いや。いらない」
しかし彼は断りました。諦めたのだろうか、と思った当時の私はまだまだでしたね。
「かわりに冒険家登録とギルド加入の書類を……」
彼が一・二・三……と表にあるギルドを数えます。
「ざっと五〇ばかり」
それから彼は立ち上がり、浮浪者の群れの前で足を止めました。
「はい注目!」
パンパンと手が鳴らされます。何事かと浮浪者たちの視線が彼に集まります。
「なんだ?」
「あんときの兄ちゃんじゃねえか」
「[のざわな]のあれは美味かったなぁ。また食いてえもんだ」
このあと、私は彼を冒険家と考えるのはやめました。
だってこの人、冒険する気ないんですもん。
まったく、
これっぽっちも。
「この書類に名前書けばええんだな」
「俺の名前なんだっけ」
「知らねえし。つうか俺も名前あったっけ」
「ワシらでも冒険家になれるんだな」
「冒険なんてしないのにな」
「これで稼げるなんてな」
「おう、外の仲間連れてきたぞ。これで五〇は超えるだろ」
わらわらとテーブルに集まった浮浪者たちがペンを片手にガヤガヤやっています。
「『冒険家名欄』はなんでもいいぞ。ゴンベエでもタゴサクでも」
彼の指導のもと、浮浪者たちが冒険家登録申請書を次々と完成させていきます。
「はい。じゃあこれ」
「は、はぁ……」
ごっそり渡された紙の束に、私は目を通します。字の汚さで読みにくいですが、書類上は問題ありません。〝通し〟です。
「ええと、それでは、みなさん本日より冒険家ということで……」
「よし。次はギルドに入れ」
彼はギルド加入届を新米冒険家たちに渡していきます。
私はようやく、彼の目論見がわかりました。
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