第16話(第3章)

 ええ。私が彼に出会ったのは、私が新任受付嬢として着任したばかりの頃でした。研修も終えて、いよいよ独り立ちという頃でしたね。基本的な業務はどうにかこなせるといった程度で、ほかはからっきしでした。そのとき彼に出会えたのは、まったく運がいいのか悪いのか……


 そうです、彼も駆け出しの冒険家でした。そもそも、まだ冒険家登録もしていませんでしたね。冒険家以前の活動については関知していませんが、公的にはまだ冒険家でもない一般人であった、ということになります。


 そうですね、あの頃は大変でしたけど、今思うと、新鮮で強烈で――――


 きっと、私は楽しかったんでしょうね。




【七英雄伝 剣の章 ある受付嬢の証言】




「おはようございます!」

 出勤し、制服に着替えた私は、持ち場に向かう途中で会った備品係のおじさんに挨拶します。


「ああ、おはよう」

「どうかされたんですか?」

 彼は職員用廊下の掲示板に貼られた表を見上げていました。


「ギルドの遺品整理の件で、ちょっとね」

「遺品整理、ですか」

 その表には、活動停止状態のギルドの名前が羅列されていました。


「君がこっちに来る前、イガウコの冒険家ギルドのほとんどが壊滅状態になる事件があってね。君も知ってはいるだろう? 例の襲撃事件だよ。そりゃ命のやり取りをする冒険家だ、ギルドが機能しなくなる状況というのはままある。ただ、そのギルドが遺したものをどうするか、これが問題だ」


「事務局で処分できないんですか?」


「たとえばギルドメンバー全員が天涯孤独であるとわかっているなら、事務局で引き上げることもできる。しかし実際は血縁者や知人友人なんてものがいるのが当たり前だろう? その人達に話を通さずこちらで好きに使ってしまったら、当然批難の対象になる。『相続するつもりだった』だの、『生前譲り受ける約束をしていた』だの言われたら、こっちも強くは出られない」


「なるほど」


「すると全滅したギルドであっても名前や財産はそのまま維持しないといけなくなる。かといってそのまま宙ぶらりんにされると、今度はこっちの負担が大きくなる」


「定期的に維持管理や残数確認もしないといけないですもんね」

 備品係のおじさんは疲れた顔でうなずきました。


「そういうことなんだよ。このあと支部長にも相談するけど、おそらくは現状維持って形になるだろうね」

「ふーむ」

 私が顎に手をやっていると、


「おはよう」

 噂をすればなんとやら、支部長がやってきました。相変わらずの真っ白な服で、短い髪の好青年といった感じです。


「おはようございます」

「たしか今日から、補助なしで勤務だったかな」

「はい。がんばります!」

「結構。その調子で」

 軽く手を上げて応じる支部長に一礼した私は、持ち場である窓口に向かいました。背後でお二人が相談している声がだんだんと遠くなります。


 元気よくやる気満々の反応をしましたが、その言葉とは裏腹に私は冷めていました。安定性からこの仕事を選んだというだけで、仕事に対する熱意であるとか、やりがいというものは感じていませんでした。現代っ子っていうやつですかね。とりあえず倒産の心配はありませんし、よっぽどのことがなければクビになることはない。私が受付嬢を選んだのは、それくらいの理由でした。


 ただ規則を守り、決められたことをこなして食うに困らない給料を稼ぐ。昇進なんて面倒が増えるだけのことには興味がない。


 そういう感覚でしたね。


「ファイト」


 自分に与えられた席につくと、隣に座る一個上の先輩からエールをもらいました。私は両手をぐっとあげて応えます。受付嬢にもいろいろありますが、新人やルーキーといった年数の者は、だいたい飛び込みの冒険家や冒険家志願者との窓口をやるのです。そこからキャリアを積むと奥に引っ込んで事務や雑務ですね。まれに中央の冒険家協同組合事務局に栄転する方もいますが、だいたいは同じ街の事務局でずっと働きます。転勤の心配がないのはいいことだと、私は前向きにとらえていました。


「それじゃ開きます」


 警備員の声に、あたりは一瞬ビリッとした空気になりました。ここからは冒険家がやってきて、彼らの要求に正確かつ迅速に対処しなければなりません。


「最初は時間がかかってもいいから、失敗のないように」


「はい」


かす人なんて――――急かす人に限って――――失敗しても責任なんてもたないんだから。慌ててやって失敗してこっちの責任にされるよりはよっぽどいいわよ」


「ですね」

 先輩の経験談込みのアドバイスに苦笑します。

 数日の研修で、冒険家のだいたいの性質は掴んだつもりでした。

 粗野で乱暴で、腕っぷしの強さだけを競う生き物。

 それが冒険家というものだ、と。


 ワーワー声を荒げて、子供みたいにわがままを言ってこちらを困らせる。はっきりいって関わりたくないタイプだ、と。自分もさっさと冒険家のおもりから卒業して裏方に回りたい。着任早々から、そんなことを思っていました。


 警備員が出入り口のじょうかんぬきを外します。

 こうして私、冒険家協同組合事務局イガウコ支部、新任受付嬢の一日目が始まったのです。


 最初に入ってくるのは浮浪者の一団です。彼らは開局から閉局まで、この局内で過ごします。雨風がしのげて、水も飲み放題ということで、生活の術がない彼らにとっては生命線ということらしいです。彼らは警備員に追い出される閉局時間まで、ずっとベンチか床に寝転がっています。たまに冒険家がお情けでチップを与えると血眼になって奪い合うそうです。


「ああいうの追い出せないんですか?」


「追い出す口実がないのよね」

 先輩は苦笑した。

「なにか具体的な迷惑をかけているわけでもないし、店じまいには出ていくし」


「でも絶対うちを利用する気ないですよね」


「もしかしたら、冒険家としてがんばるようになるかもしれないでしょ?」

 このときの私には、釈然としないものがありましたが、それが社会というか大人の対応なのだろう、と納得することにしました。


 浮浪者に遅れてやってくるのが、ここでの主役、冒険家です。ルーキー、ベテラン、ロートルと様々な年齢層と装備でぞろぞろ入ってくるのです。


「それじゃ、今日もお互いがんばりましょ」

「はい」

「何かわからないことがあったら聞きなさい。でも、なるべく自力で解決するようにね」というお言葉を最後に、先輩は自身の窓口対応に移りました。そこでふと、先輩の手元にある写真立てが目に入ります。その写真には、先輩ともう一人が写っていました。


 白い鎧に身を包んだ男の人。


 アルティ・マークス・ルーグ。


 ほとんどおとぎ話のような人物で、あらゆる英雄譚の主人公になっている方です。ここイガウコでも、数ヶ月前の襲撃事件を見事解決したようです。写真は、そのときに撮ったものでしょう。ルーグ公の方は兜でどんな顔をしているかは読み取れませんが、先輩の方は緊張と紅潮で引きつっているのがよくわかります。彼女は事件当時にルーグ公に助けられたそうで、それ以来かの英雄にお熱のようです。


 もっとも、先輩はその後、猛アタックの末に支部長とゴールインしました。結局憧れと実際の恋愛は別物というか、そういう割り切りができるのが大人ってことなんでしょうかね。

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