第15話

「本当にタダでええんか?」


「ええよ」


 俺の申し出に嬉々として続々と店に浮浪者が入ってくる。近所で暇そうにしてたのがあっさり釣れたのだ。


「冒険家組合にいる仲間も呼んでええか?」


「あーギルド的なあれか」


「んだんだ。あそこ雨風しのげるし、水も飲み放題なんだ。だからだいたいみんなあそこの中か外におる」


「ほーん」


 めちゃくちゃどうでもいい情報だと、このときの俺は思っていた。


「みんなきっと喜ぶで。礼と言っちゃなんだが、人手が欲しかったら俺たちを頼りな」

 と言っても、できることなんて大したことないが、と笑う浮浪者は、仲間を呼びにいったん出ていった。


「いいのか?」


 三杯目を平らげたミツルが寄ってきた。なんやかんやで結構食うじゃねえか。


「いいよ。これもプロモーションの一手だ」


「口コミでバズらせ的な?」


「そういうこと」


 まず認知度を向上させよう。そのためには撒き餌が必要だ。


 取り分が減ったことを察したのか、そこはかとなくびっくりしているロミーネを尻目に、俺は浮浪者たちへ飯をふるまった。その盛況につられて、近隣住民が野次馬に来たので、そっちにも配った。味は軒並み好評であったが、はてさてどうなることやら。


 その夜、早速リフォーム工事は始まり、驚異的な人数とスピードで[のざわな]は生まれ変わることとなる。見た目をいじる程度なだけだったのもあって、わずか数日でそれは終わった。




 やべえなこりゃ。


 昨晩リフォームが終わったと現場作業員に聞かされ、夜が明けて集まった俺とマオと主人の間には重い空気が流れていた。その日は店の状態確認やら代金の支払いやらを済ませた後、翌日から営業再開する告知でもして心機一転といきたかったが…………そうもいかんらしい。


 リフォームは問題ない。素人目・傍目から見て新築同様だ。わずか数日でようやった。問題はそこではない。


 客だ。


 開店前に数人が来るくらいならいい。それくらいなら融通をきかせて提供するくらいは考えていた。


 問題はそういうことではない。


「今、外にどれくらいいるか数えましょうか」


「やめろ。気が滅入めいる」


 マオの提案を俺は却下した。


 店の外にうねる大きな蛇がいる。


 これは人の群れ。


 全部うちの客。


「やっぱり原因はこれかしら」


 主人はテーブルにある一枚の記事を見る。今朝、店を囲む長蛇の列にたまげた俺が調査した成果だ。


『イガウコに食の秘宝を見たり!』


 そんな見出しが紙面にでかでかと載り、この前のじいさんの賛辞がこれでもかと山盛りに書かれている。


『従来、料理の美味し不味しは新鮮であるとか名産であるとか、素材そのものが基準であった。しかしイガウコの[のざわな]の料理は素材とは別の要素に立脚した、まったく新しい地平に立っている。原始的価値であった食が文化的領域へ到達しているのだ。これは一種の革命であり奇跡の産物といっても過言ではない』


 後で知った話では――執事もそれっぽいことは言っていたが――マスタル・ユザーヌなる老人はたいそうな富豪で、趣味で各地のグルメを堪能してはそれをコラムにして寄稿しているらしい。一切の世辞や忖度のない辛口の評論は読者の絶大な信頼を獲得しており、そんな人間が最大の賞賛を掲載すれば、それはいったいどんな名店か美味かと殺到するのは自明であった。


 ただ、行列には見知った連中もおり、一概にすべて老人の功績ではないようだ。


 ……両方だな。

 

 おそらくは、両方。


 俺がやった運び屋と近所へのプロモーション。そしてあのじいさんのメディアを使ったプロモーション。

 

 内と外。


 イガウコの内部とその周辺を俺が、そこから更に広範囲、届かない部分をあのじいさんがカバーした形となった。


 ………結果としては、やりすぎたな。

 あのじいさんが改装を急かした理由が今になってわかった。


「あの、正直に開店は明日からと説明すれば」


「それで全員納得して出直すかね。最悪暴徒になるぞ」


 そう、我々はリニューアルオープン早々にとんでもない数の客に店を囲まれているのである。


 これから店を開き、ノンストップでさばいたとして帰れるのはいつになるのか。


 こうなったら……


「仕入れの方はピストン輸送でガンガン持ってくるよう俺から言っとくから。じゃ、頑張ってね☆」


 がしっ。


 逃げようとした俺の肩を女主人の細腕が掴んで離さない。




 ◆◆◆



「しかし旦那様、よろしかったのですか」


 出版社に原稿を提出した折り、執事は馬車の中で切り出した。


「[のざわな]の主人に出自を隠したまま客として付き合うというのは」


「よい」


 ユザーヌはさらりと流した。


「あの娘がつまらぬ店でつまらぬものを出していたならば、引きずってでも連れ帰るつもりだったが、あれを出されてわな。まったく一杯食わされたわ」


 食したのは一杯どころではなかったが。執事は胸中で呟く。


「『勇者になる』とうそぶいて出ていった愚息は消息不明。その妻の方をたどれば病死。二人の間に娘がいるとわかって来てみれば、至高の美味に巡り会った。なんとも皮肉なものよ。各地で食べ歩くより身内に会いに行く方が美食の近道であったとは」


「おっしゃる通りでございます」


 うまいものを求めて右往左往するより、孫娘を探し当てた方がうまいものにありつけたとは。


「私の財産をくれてやって無為に肥え太らせるより、客として通った方が双方によい」


「それではこれからも旦那様とあの主人の関係は他言無用ということで」


「うむ」


「かしこまりました」


 あくまで美食目的で。かの富豪はそう主張したいのだ。しかし長年つかえた彼にはわかる。本当は孫の顔や活躍を見ることがなによりの楽しみなのだと。そこを指摘すればたちまち激昂することもまた、長年つかえた彼にはわかっていたので黙っていた。


「しょせん人の生など、どれだけの娯楽・道楽をなせたかよ。とすれば、心躍ることに注力すればよい」


 わははは、と豪放磊落ごうほうらいらくに笑う主に、従者も頬を崩した。

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