第13話

「席に案内したら、注文を取る。言い間違いと聞き間違い防止で注文を取るときは復唱する。これは料理を並べるときも一緒な。まあ、当座は一品だけだからそんな心配もないだろうけど、基礎はこう」


「わかりました」


 ウェイトレスバージョンのマオは目の保養になるなぁ、と思いつつ俺は接客マニュアル片手に指導していく。


 今更だが、この世界は料理がまずい。素材はこのさいしかたないが、調理技術ならいくらでもすぐに改善できる。そう考えた俺は、今にも潰れそうな店を探した。そこなら迷惑はかからないだろうし、こちらの言うことも割と聞いてくれそうだからだ。もし失敗しても、どうせ遅かれ早かれ潰れるんだから双方後腐れもなさそうだし。


 それでこの[のざわな]に目を付けたわけだ。周辺住民に聞き込みをすると数年前に夫婦で開いたはいいが、お世辞にも美味いとは言えず繁盛していなかったそうだ。ありがちな『夫婦で盛り上がって開いたはいいが現実はそう甘くなかった』パターンだな。


 その後旦那の方が死に、店は形だけは開いているが荒れ放題。そこまで美味くない店は陰気臭さまでプラスされて、誰も近寄らなくなったらしい。


 外から見たらやってるかどうかすらわからんし、店内をのぞくと廃墟みたいだし。これじゃ金払ってまで飯を食いたいと思わんだろうな。とりあえず注文して食ってみたら、まあ素材は悪くなかった。


 ここにしよう。


 そう思ったのは、状況的にそう判断しただけでなく、一人で店とともに朽ちていく女主人さんに思うところがあったのか……なかったのか。


「アータって、ああいうタイプの女の人にいっつも世話焼いてるけど、ひょっとして年上好き?」


 調理兼接客の練習台に呼んだミツルが俺の向かいの席に雑に座った。


「ちげえし」


「じゃあ人妻好きか」


「もっとヤバい認定すんな」


 お前の中で俺はどんな性癖してんだ。


「しかし一〇〇も作ってもアーシはそこまで食えねえぞ」


「ギャルならそれくらい食えるんじゃないのか」


「ギャル=大食いってわけじゃねえからな、言っとくけど」


 え、そうなの? 有名なギャルはフードファイターだったのでてっきり。


「まあ保険にこいつも連れてきたし大丈夫だろ」


 俺の隣でテーブルに突っ伏しているロミーネをギャルは見る。


「こんなチビッコがそんな食えるかよ」


「俺も最初はそう思ったんだがな」


「あーん?」


 わけわからんと顔で語るミツルの後ろに、大工がやってきた。


「すみません、調査終わりましたので私はこれで。結果報告は後日ということでよろしくお願いします」


「ああ、せっかくだから食べていきませんか」


 あの適当なおっさんと違い、こっちは真面目そうな青年だ。


「はぁ……よろしいので?」


「どうぞ」とマオに促された青年は座る。


「意見を募りたいところでしたので」


 モルモット……もといモニターは多い方がいい。


「それではお言葉に甘えて」


 ウェイトレスの手からそっと客の前に丼が置かれる。うむ、いい配膳だ。


「のざわな丼でございます」


 おそらく初めて見るであろうそれに、彼は驚いた。


「おお。これは、なんとも」


 ミツルはスプーンを持って慌てる男から俺に目を移し、


「カツ丼の親戚?」


「チキンカツ丼のあんかけ……的な」


「へー。そういえばコメ料理って見なかったな」


「みんな炊き方を知らんのだよ。ずっとそのまま茹でてただけ。そりゃまずい粥もどきしかできないし根付かないわ」


「そういうことか」


 ミツルは納得したように背もたれに寄りかかり上を見る。


「あとはタピオカも出せばカンペキだな」


 いらねえよそんなもん。


 俺は聞かなかったことにした。


 続いてミツルの分が運ばれてくる。いいスピードだ。崩れもなさそうだし精度もいい。


 経営者としてはさておき、ここの主人は料理人としては上等な部類だと思う。土台となる調理の素養、素材への目利き。環境のせいで才能が発揮できなかったというだけで、俺たちのいた時代であったならば活躍できたかもしれない。この人もまた、時代のニーズに能力がマッチしなかったというべきか。


「味の方はどうです」


「絶品、と言うほかないですね。ほかに言葉が見当たらない」


 大工の驚愕に満ちた感想に、俺は安堵した。この店の売りにはなりそうだ。


「値段としてはいかほどが適切になるでしょうか」


 あとは値段だな。


「だいたい、ここの相場だと、一食は合銀貨三枚が目安です。これくらいになると、その倍は払ってもいいかと」


「ふーむ」


 俺は人差し指で鼻の下をこする。今後の改善次第だが、その値段だと仕入れとそこまでの差額がない。あまり儲からない。たとえば、今までのただ焼けばいい、ただ切ればいいくらいのものならば、手間はかからないから薄利多売でもいいのだが……


「合銀貨一〇枚というのはどうでしょうか」


「ふーむ」


 今度は青年が悩む番だ。


「私はこの味を知っています。そのうえで、その値段が適切かと問われれば、妥当だと答えるでしょう。この料理にはそれくらいの価値があると判断できます。しかし」


「何も知らないやつが通常の三倍くらいの金を払って食ってみるかと言われると二の足を踏む、と」


「ええ」


 美味いと知っていれば大枚をはたこうとも思うが、得体の知れないものにとなると、ある程度の見積もりと度胸が必要だ。こんな潰れかけの店で、よくわからないものに多くの金を払えるか……俺でもスルーする。


「プロモーションが必要ってことか」


「プロ……?」


「ああ、お気になさらず。ご意見ありがとうございます。どうぞ」


 食事を再開する青年とマオがやってくるのは同時で、俺は渡された器をロミーネに回す。待ってましたとばかりにがっつく少女を尻目に、俺は今後の営業方針に思いをはせた。

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