第12話

「どうだこれ」


「えーと」


 はたして、彼は翌日も来てくれた。しかし一人ではなかった。一人の魔法使いの格好をした女の子を伴っていた。二人は店内と店外を行ったり来たりしている。その往復は店の中に入るのを最後に止まった。


「これをちょちょいと新築に作り変える感じで」


「難しいですね。単純に穴をふさぐだけなら、土魔法の応用でなんとかなりそうですけど。これならいっそ全部壊してから新しく作る方がはるかに楽です」


 どうやら店を壊すつもりらしい。


「それは」


「それはだめだ」


 彼が先に止めた。


「この店という『枠』はそのままで立て直す」


「となると私の魔法では難しいですね」


「やっぱ業者呼ぶかー」


「あ、あの。えっとね」


 私の声に二人はこちらを見る。


「もうお店の方は頼んであるから」


「それって知り合いの大工? 腕はいいの?」


「この近くの知らないところだけど、もうそろそろ見積もりに来ることになっていて。あ、でも前にこの街一番の大工だって聞いたような……そうでもないような」


 家を直すならどこがいいとか、そういうことには私は疎い。建築関係の知り合いはいないし、その筋に詳しい人との付き合いもない。でも自分の店だし、私もなにかしないと。


「ふーん」


 彼はそれ以上は何も言わず、


「予算はたっぷりあるの?」


「そこまでは……」


 今までの蓄えを使うことになるから、あんまり高いと仕入れすらままならなくなる。


「そうだわな」


 彼は何かを察したような顔をしてから、そばの女の子を私に示した。


「あ、こっちはマオ。俺の友達」


 お互いよろしく言ってから、私は店の前にある人影に気づいた。しきりに店の外側を見ているようだった。


 私はピンときた。


「来たみたい」


 はたしてその人影は私が頼んだ職人で、大工は二人で来た。父親と息子のペアだ。




「あー、うん」


 無精ひげにくたびれた格好の父親は店内をざっと見回す。その背後に折り目正しい息子が控えていた。


「これなら純銀貨五〇でいいな」


「わかりました」


 私は奥から銀貨の詰まった袋を取りに行こうとして――――


「まあまあ」


 彼に止められた。


「純銀貨五〇と言いますが、それ本当ですか?」


「ああ」


 父親はけだるそうに肯定する。


「別の業者からは三〇で出来るって言われたんですけど、おたくどういう根拠でそんな数字出したんですか?」


「……。あー……」


 彼に問われると、父親は面倒そうに天井を見上げた。


「棟梁」


 後ろで控えていた息子が父親のそばへ。


「あとはこっちでやるから」


「そうか。じゃあ帰るわ」


 異論はないらしく、そのまま父親は帰っていった。


「失礼しました。それではですね、これから調査して記録を取りまして、改めて見積もりと修繕案を提示させていただきますので、今日は店の中を見させていただくということで」


「じゃあそういうことで」


 彼は片手を上げてそれに応じた。




『ここの材質は……』


 メモ帳を片手に調べていく職人を尻目に、私は彼によって厨房に連れてかれた。


「いつの間に他の人に相談していたの?」


「あれは嘘だ」


 私が問うと、彼はばっさり言った。


「……?」


 不思議そうにしている私に、彼は声を抑えて、


「あんな適当な見方で正確な工賃が算出できるわけないじゃん」


「それは……言われてみれば」


「で、はったりかましたら案の定だ。明らかに盛って出してる」


「割り増しされているということですね」


 そばのマオちゃんがうなずいて言った。


「この手の適正価格ってのは、客側は経験がほとんどないからわかりづらいんだ。知らないということは、それだけ向こうの言いなりになりやすい。結果、業者側のぼったくりに客側はあっさり引っかかる。こっちだって金は無尽蔵にあるわけじゃないんだから、節約してしかるべきでしょう?」


「そうね」


 危なかった。


 そういうことなのだろう。


 危うく私は払わなくてもいいお金を払うところだった。けっして豊かでない蓄えを切り崩して頼むのだ。無駄金を使っていられる余裕はない。


「こういうときは相見積もりで業者同士を競わせるのがいい。平均をとって適正価格がわかるし、向こうも価格競争というチキンレースでどんどん値段を下げてくれる」


「なるほどー」


 感心するマオちゃんに私も同感だった。


「それはそうと、こっちはこっちで練習だ」


「練習?」


「今からのざわな丼一〇〇杯作って」


 えっ。


「今『えっ』って思った?」


「その……」


「これから大繁盛するとして、客の数にこっちが対応できなきゃ、なんの意味もないじゃん。厨房がパンクしたらせっかくの客を逃がす。料理人がパニくってしくじっても客を逃がす。だから今のうちに大量に正確に調理できる経験をつける」


「そう……そうよね」


 言われてみればその通りだ。たくさんお客さんが来れば、それだけ作らなければならない。レシピ片手に右往左往なんてやっていられない。


「とりあえず調理に集中してくれればいいから」


「でも食堂って仕事それだけじゃないのよ。注文取りや席の掃除、お勘定……」


 そう考えると嫌でも顔が曇る。今までよりはるかに難しい調理をこなしつつ、従来の作業もしなければ……


 とても一人ではやっていけない。


「だからマオを連れてきたんだぞ」


 彼はここまでの展開を読んでいたようだ。


「マオがウェイトレスとして場を回すから。当座はそれでいこう」


「はい!」


 楽しそうなマオちゃんに私は頭が下がる。


「マオにはマオでこれから基本的な接客を教えていくから。あ、これウェイトレスの衣装。奥で着替えてきてね」


「わかりました!」


 服を抱えてパタパタと奥に消えていく少女から、彼は私に視線を戻した。


「じゃ、まずは一杯目から行こうか。もう仕入れは頼んであるから、どんどん作って」


 店の外に駆け出す彼に目をやった私は、ため息まじりに手を動かす。来店客のない店で緩やかに死んでいたのが遠い昔に感じる。


 けれど。


 その充実に、頬が緩んでいるのもまた事実だ。

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