第9話
よくよく考えたら、わざわざここまで移動して販売する必要なかったんじゃないか?
装備強化魔石なんて、冒険家にしか需要がない。こんな市街地じゃなくて冒険家が頻繁に出入りする冒険家協同組合事務局で売った方がはやい。
次からはそうしよう。
金のたっぷりつまった袋を担ぎつつ、俺はロミーネと帰路につく。少女の小さな手には小銭の入った皿が相変わらずあり、所在なさげにジャラジャラ揺れている。
「その金は自分用にとっときな」
と言ったのだが、特にこれといった反応はない。
うーむ。
思えば、こいつが金を使ったところなど見たことがない。
そもそも金の使い方がわからないのか。
はたまた財布は持ち歩かない主義なのか。
なんというか、まいったね。
こいつの金を受け取るのは、なんとも心苦しいというか、みっともないというか。
金欠ってわけでもないしなあ。
「お」
なんとなく眺めていた店の群れに、『これは』といったものを見つけた。
そこで俺はその店に入ることにした。
その店は鍛冶屋だった。
だが、目的は剣とか鎧とかそういうのではない。
旧[のざわな]もかくやといったぼろい店内では、奥でいかにもなオヤジがこちらに背を向けてカンカンと鉄を打っていた。
「い、いらっしゃいませ」
その娘らしい少女がこっちにきた。無骨な作業着に、ぼさぼさの長い髪は後頭部でまとめられてる。
「剣をお求めでしょうか、それとも何か精錬してほしいものが」
「あ、そういうんじゃなくて」
俺は親指で店先に設けられた棚を指す。
「あそこで飾られてる小物ってここの商品ですよね」
「えーと、それは私が作ったもので、売り物というか……飾りというか……はい」
なんとも歯切れの悪い答えだが、見た感じ、この店はさっぱり流行っていない。そこから察するに、せめて彩りだけでもというにぎやかしで、通りに面する棚に陶器製の小物を置いているのだろう。
そう、店先には鍛冶屋に似合わず陶器でできた小物が置かれている。動植物を模したものから、様々な形と大きさの器、アクセサリーといった顔ぶれだ。
「ああいう感じで、ちょっと作ってほしいのがあるんですけど、頼めますか?」
「あ、はい。私に作れるものなら」
俺はロミーネを抱えて、棚の上段に彼女の目線を合わせた。その段には、多種多様なファンシーなデザインのインテリアが並べられていた。何が好みか選ばせた俺は、鍛冶屋の娘にそれを伝える。それから、
「大きさはこれくらいで、中は空洞にして、てっぺんには切れ目を入れてください」
「切れ目、ですか?」
「これが一枚ずつ入るくらいで」
俺は袋から一種類一枚ずつ、都合六枚の硬貨を彼女に渡した。
「うわぁ金貨。初めて見た」
金色のは初見らしい。どんだけ儲かってないんだこの店。
「それじゃ、よろしく。依頼料はその六枚で」
「あ、はい。……え。…………え? え――――!」
背後で騒ぐ声をそのままに、俺はロミーネを連れだって家に帰った。小さな手が持つボロボロの皿の上では、出番を待つように銀貨と銅貨が右往左往している。
それから数日後のこと。
ある昼下がり。
「ったくよ」
今日も今日とて縁側に面した居間で翻訳作業をしていると、ぶつくさ言ってミツルが帰って来た。
「早かったな」
「アータの言う通り負けたら大ブーイングでさ、なんか気まずくなった」
それでぶすぶすと戻ってきたわけか。
「それでいい。常勝無敗なんて賭け事じゃタブーだ。適度に負けておけ。トータルで勝っているのがバレない程度がちょうどいいってもんだ」
「まー、多分一生分は稼いだろうし、どーでもいいけどさ」
こいつの目は俺から、縁側で日光浴をしているロミーネに移る。
「ホント気に入ってるわね」
「オーダーメイドだしな」
陽の光を浴びて横になるロミーネの手には、デフォルメされたライオンの貯金箱が握られており、小さな頬とくっついていた。
「金使わないなら財布持たせるより、こうする方がいいだろ」
「かもなー」
めんたま飛び出るくらいの依頼料だったためか、その貯金箱の出来は素晴らしいもので、職人芸といっても過言ではない。鍛冶屋としてどうかはともかく、あの娘はその道のアビリティが十二分にあるらしい。
陶芸家か。
俺は古文書に視線を戻す。
今後も付き合いがあるかもな。
〝
その小さな手の小さな獅子が、ちゃりんと腹を鳴らした。
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