第7話

「装備強化の魔石はこの山だね」


 帰りがけ、自分のギルドストレージに行くと、まだ備品係は働いていた。


「こんだけあれば引退するまで装備の整備は困らないだろうね」


「いやそもそも使わんのよ」


「だったら配ったら?」


「タダで配るのはなんかやだ。もったいない」


 MOTTAINAIの精神は大事だ。これは未来だろうが異世界だろうが失ってはならない心意気だ。


「となると自力で売りさばくしかないねえ」


「なんかいい商人のツテとかない?」


「そういうのはちょっと。それにイガウコじゃどこで売っても買取価格は一緒だよ」


「なしてや」


 ゲームじゃありがちだけど、よくよく考えたらおかしなことだ。いろんな店があって、商人がいて、なんで価格が統一されているのか。もっとこう、特色というか、価格競争があってしかるべきだろう。


「『なしてや』言われても。商人の間でそうなってるんじゃないの? 教団や冒険家協同組合は介入してないから、商人たちの私的自治だよ」


「うーむ」


 こうなりゃ商人たちの世界に突入してみるか。


「この魔石の山は好きに出し入れしていいんだろ?」


「そりゃもちろん。ただ出し入れしたもののメモくらいは残してもらえると管理上助かるね」


「OK牧場」


「牧場?」


「昔流行ったんだよ」


「へー。なんで牧場?」


「知らね」




 翌日、俺はロミーネを連れて商店街にいた。


「装備強化魔石の買い取り? それじゃひとつ合銀貨一枚ね」


「もっと高くならない?」


「これが規定価格だから」


 道具屋の主人に交渉を持ちかけると、予想通りの塩対応だった。


「そんなの誰が決めたんすか?」


「ハンザといってね、商人ギルドみたいなもんがある。イガウコで商売するやつは基本強制加入してる。そこが決めた通りの値段で売り買いするのさ」


「つまりハンザによってイガウコじゃ全部同じ値段なんすね」


「そういうこった」


 それが統一価格のからくりってところか。どうもそのハンザってのが臭いっていうか煩わしいな。


「まあハンザの決定っていうのは実質そこを仕切っているリュベークが決めてるんだけどな。そいつが決めた値でみんなやってるわけさ」


「そのリュベークってのも商人なわけ?」


「イガウコで一番でかい商店の店主がリュベークだ。そこの価格を見てみんな合わせてるってのが実情だな」


「それじゃそのハンザに入らなきゃ従ういわれはないわけだ」


「そりゃそうかもしれんけど」


 なんとも歯切れの悪い答えだ。


「お客さんひょっとして自前で売りさばこうとしてる?」


「なんか文句ある?」


 ここで商売するにはハンザに入らなきゃならない。そうなると価格はリュベークとかいうのにコントロールされる。とすれば、ハンザなんぞに入らずに自由に商売すりゃいいのだ。


「ハンザに入らなきゃいけないみたいな流れは、どうせリュベークってのが言い出したんだろ?」


「そりゃそうだけど……やめた方が」


「なしてや」


「それはその……」


 しどろもどろになった主人は結局それ以上は語らず、


「ともかく、止めろとは言ったからね」と会話を打ち切った。これ以上追及しても情報は出てこないだろうと判断した俺は、とりあえず少し離れたところにゴザを敷いた。


 装備強化魔石の取引価格は、買い取り価格が合銀貨一枚で店頭価格が純銀貨一枚。合銀貨一〇枚が純銀貨一枚分であるのだから、儲けは合銀貨九枚といった計算だ。装備強化魔石を一個合銀貨一枚で仕入れて一個純銀貨一枚で販売するわけだからな。


 一方、俺の場合は仕入れはタダだから、売れば売るだけそっくりそのまま儲けになるわけだ。


「お、安いね」


 値札を置いて商品を並べていると早速誰か来た。顔にいくつか傷を作った青年が武装していて、いかにも冒険家といった風貌だ。


「ひとつ合銀貨九枚でいいのかい?」


「いいよ」


 とりあえず単純に規定価格から合銀貨一枚引いた値段にしてみた。


「在庫は?」


「一〇〇個ばかし」


 それ以上は持ってこれなかった。


「じゃあ一〇〇個全部もらおうか」


「そんなに」


「腐らないし冒険家稼業じゃいくらでも使うからね。安い時にまとめ買いしとくのさ」


 なるほどなー。


「じゃ合銀貨九〇〇枚だから合金貨九枚ね」


 ニコニコ現金払いで渡された。ちなみに合金貨は純銀貨の十倍だぞ十倍。


「ああ、まとめ買い割引で八枚もらうよ」


 俺は一枚返した。すると驚いた顔をされた。


「え? いいのかい?」


「まあ、開店セールってことで」


「それは助かる。今後もひいきにさせてもらうよ」


 逆に礼を言われてしまった。


 袋を抱えて去っていく冒険家を見送って、俺の目は隣で寝転んでるロミーネへ向いた。


「売り切れになっちまった。また取ってくるからちょっと待ってろ」


 ロミーネは眠そうにうなずいた。とりあえずで一〇〇個持ってきたが、まさか瞬殺とは思わなかった。


 要はハンザで買い取らせるより高く売って得すればいいのだ。普通に買い取らせると一個あたり合銀貨一枚しか得しないが、これなら合銀貨九枚で儲かる。商売をするのにくだらんしがらみなど邪魔になるだけ。それをわからないまま従属するなど愚の骨頂。

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