第6話

 その日の夕方、俺は冒険家協同組合事務局の応接室にいた。あの一件以来、俺の事務局内の地位は上がったらしく、受付ではなくここに通された。


「こちらが今日の参加奨励品です」


 俺の担当受付嬢が卓上にアイテムを並べていく。いわゆるログボで、ギルドに入っていればギルドメンバー分と冒険家分の二重取りができる。


「装備強化の魔石です」


 紫の石がいくつかある。大きさは拳大ってところか。


「装備の強化以外にも修復や維持にも使用できます」


「あー」


 俺、これいらない。これといった武器も防具もないからな。


「こちらはどうされますか。持ち帰られるかギルドストレージに……」


「それ金に替えてくださいって言ったらどうなります?」


「交換手数料をいくらかいただくことになりますが」


「なるほどね」


 そこらへんは抜け目がない。結局手数料分損するなら、自分で売りさばいた方がマシか。


「とりあえずログボ……今後の参加奨励のやつは全部ギルドストレージに放り込んどいてください」


「承知しました」


「というか、最初から全部現金にしてくれますかね」


「それはちょっと」


「出来かねます」


 入り口の方から声がした。応接室は入り口の正面に仕切りがあり、応接中の人間と入室者を視覚的に隔離している。


「参加奨励制度の原資は冒険家協同組合が依頼されたときにいただく金品です。それを全体に再分配している格好となります」


 どっかで聞いた声だな、と思いつつそちらを見る。


 声の主は仕切りからこちらに出てきた。 


『あ』


 俺と相手の声が重なる。


「あ、初対面ですね。ご紹介します。当支部の支部長です」


「支部長ね……ほーん、支部長ね」


 受付嬢の説明に俺は意味深に笑う。


 その爽やかイケメンの見た目は忘れるはずもない。真っ昼間にカジノで事情通やってたやつだ。


「支部長ってのはさぞ多忙な地位なんでしょうな」


「それはもう。支部長会に出たり、イガウコ内を視察したり。休息の暇もございません」


 さらっとカジノ遊びを視察扱いしつつ、男は受付嬢の隣に腰を下ろした。


「最近、わがイガウコにも人の流動が盛んにありましてね。たとえば森の中に奇怪な新居を構えたり、住民の憩いの場である賭博場が荒らされたり……」


「へー、そうなんですか」


 白々しい声で反応しつつ、


「気になって夜も眠れないでしょうね。自分で視察する以外にも、わざわざ人を雇って調査したりもするんでしょうね」


 探りを入れてみる。


 目の前の男に動きはない。動揺はないと見るべきか、フリーズしたと見るべきか。


「そういえば当支部随一のシャドーが焼け焦げて戻ってきましたね」


 シャドーとは斥候や隠密に分類される職業だそうだ。


「何が起こったかは口を割らず、ただ『あそこには手を出すな』の一点張りで」


 支部長はどうでもよさげに――まあ、多分本当にどうでもいい程度なんだろうが――言った。


「いったいどんな番犬が飼われているのか」


 犬ってより猫かな、あれは。


「最近はなにかと物騒ですからね」


 蚊帳の外の受付嬢が何も知らずに気軽に話に入ってきた。


「ヨハネス・ブ・ルーグの乱からずっと、何かが変わっていくような」


「ヨハネス・ブ・ルーグの乱?」


「知らないんですか。無実の罪で処刑されんとした少女をヨハネス・ブ・ルーグなる者が己の身ひとつで救い出したという。今一番話題なんですよ」


「へー」


「処刑の場に立ち会った、かの総教皇とトモノヒ教選定勇者はその際に死んでしまって、教団の崩壊につながったんですよ」


 支部長は一瞬複雑そうに空を仰いだが、すぐに戻した。


「なるほどなるほど」


 思い当たる節がある。


 しかし、


「そんなやついたかな……」


「なにか?」


「いや、なんでも」


 支部長の追及をさらりとかわし、俺は顎に手をやった。


「ヨハネス・ブ・ルーグ……いったい何者なんだ……」


「いやはやまったく」


 目の前の男は目を鋭くさせた。


「何者なんでしょうね」


 まあ、そんなわけで、と支部長は付け足す。


「現在は教団の権威は失墜し、世は千々ちぢに乱れ、といった有様です。今後は教団によって統治・安定されていた世界は秩序を失い、無軌道に進み始めるでしょう。それが何をもたらすかは誰もわからない。ヨハネス・ブ・ルーグがもたらしたものは、そういった変革なのです。良くも悪くも定まり切った定めが勢いよく流れ変わっていく」


「大変そうですね」


「他人事みたいに言わないでくださいよ」


 しれっと言ったら受付嬢にツッコまれた。


「そんなぁ。俺はここでのんびりスローライフを送ろうと思ってたのに」


「私だってもっと無難に平穏に過ごしたかったですよ」


 彼女のぼやきは難聴系主人公の特権でスルーする。


「まあともかく」


 そこに支部長が割って入る。


「教団の影響がある市街や集落はもちろん、教団からほとんど独立していたこのイガウコも変革されていくでしょう。教団の支配や庇護がなくなった以上、独自の勢力が台頭する。それが冒険家協同組合なのか、まったく別の力が働くのか……いずれにしても、我々は管轄区域を警護する使命と責任があります」


 猛禽類が獲物を見定めるように、彼は俺を見た。


「住民間での生活や経済上の衝突や競争はともかく、一方的・不法的な侵害行為はなさらぬよう」


 ふむ。釘を刺される話に落とし込まれたな。


「もちろんでさあ」


 ただ、その忠告に異論はない。ルールを守らないものはルールにより討たれる。逆を言えば、ルールを守ってるうちはルールを仕切る勢力に保護される。むやみやたらにルールを破って好き放題するのは愚策というものだ。


「失礼します」


 応接室にもう一人受付嬢が入ってきた。たしか俺の担当受付嬢の指導係だったか?

 その女性は俺の担当に耳打ちする。すると後輩は驚いたような呆れたような顔をして、

「すみません、ほかの担当冒険家の件でちょっと」

 つまり席を立つということだろう。


「ああ、じゃあもう出るよ」


 だったら俺もそれに合わせよう。


「では今回はそういうことで」


 支部長の鶴の一声で、その場はお開きとなった。

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