第4話

「で、どうやって稼いでるんだよ」


 イガウコ市街、俺とギャルの二人は道を歩く。


「冒険家やってるわけじゃないんだろ」


「アーシみたいなかよわい女子がそんなことするわけねーだろ」


 かよわい……?


 冒険家協同組合事務局は当然に通り過ぎ、さらに結構歩いたところ、俺はとある施設にいざなわれた。


「ここだ」


 それを見上げた俺は妙な懐かしさを覚えた。


 ギラギラした外装の、無駄に派手で、たっぷり射幸心しゃこうしんを煽る、いかにもといったデザイン。


『賭博場』


 カジノだこれー。


「こっちだ」


「お、おう」


 勝手知ったる我が家のように自然な動作で入店するギャルに俺はついていく。



「アーシの貯メダル出して。1ケースで」


 カウンターで会員カード片手にそう言った常連客の前に、ガシャッとメダルのつまった箱が置かれる。


 ザワザワ……ザワザワ……


 室内ではカード、サイコロ、ルーレット、スロット……様々な遊技台が並べられていた。かなり広い空間にもかかわらず、そこにはある種の熱気がこもっていた。


『あいつは……』


賭場とば荒らしだ』


『今日はどこをかっさらうつもりだ』


 なんかめっちゃこっち見られてる。


「今日はこれにすっか」


 しかし当人はなんのその。遊技台のひとつを選んだミツルはそこにドカッと雑に腰かけ、メダルをすべてディーラーに預けた。


「全ツッパ。マスはそっちで適当に選んどいて」


 こいつの後ろに立っていた俺は思わず振り返っていた。それまで遊んでいた客がこいつ目当てに集まってきたからだ。


『ゴッデス、今日はどこ?』


『ルーレットだってよ』


 なんかよくわからん異名までついてるし。



 ディーラーはメダルの箱を預かり、代わりにチップを取り出した。それをそのままテーブルに描かれた数字のひとつに置いた。


「それではベットすべて、黒の8、ストレートアップでよろしいでしょうか」


「ああ」


 これに周囲は歓声。なんだなんだ。


「ゴッデスの連れかい?」


「ええ、良くも悪くも」


 困惑してたら、そばに来ていた男がご丁寧に解説してくれた。短い髪の柔和な青年によると、ルーレットというゲームは、ウィールと呼ばれる数字の刻まれた回転盤を回し、ディーラーがボールを入れる。そのボールがどこのポケットに収まるかを当てるゲームだそうだ。外せばベット――つまり賭けた金――は没収、当たれば配当がついて儲かる。ちなみに後で古文書で調べたらルーレットの誕生は一七世紀のフランスだそうだ。


 ストレートアップとはルーレットの賭け方のひとつで、およそ四〇ある数字の一個に賭けるのだ。倍率は三六倍。つまりミツルは手持ちのメダルをすべて一点賭けしたわけだ恐ろしい。


 ディーラーがベルを鳴らす。参加締め切りと開始の合図らしい。


 結局ミツル以外は誰もおらず、ミツルとディーラーのタイマンみたいになった。


「半々なんだよ」


「はぁ」


「『ゴッデスを信じれば後乗りすれば勝てる。しかしあまりにもめちゃくちゃで信じきれない。だから降りる』。それと『ゴッデスを信じずに逆張りすれば外したときに損をする上に恥さらしだから乗らない』。結局、誰もゴッデスと場は持たないのさ」


「ははぁ」


 気持ちはわからんでもない。いろいろ考えると不安になってドツボにはまるのがギャンブルというものだ。そして大多数が導き出す答えは『静観』。安全圏から事を見守るのが財布にも精神にも優しく楽しめる。



「それでは、《神に誓って》公正に、回させていただきます」


 ウィールが回転し、そこにボールが投入される。


『今回も総取りか?』


『いやいくらなんでも。ディーラーが選んだ数字だぞ』


『ディーラーも真実の呪文を使ってる。サマはないだろ』


 ギャラリーがやくたいもない予想や解説をしている。実際、ここまで勝つのにイカサマは使われていないだろう。イカサマとは、緻密な計算や非凡な努力で成立する。この馬鹿ギャルには縁遠いものばかりだ。


 イカサマではない。


 使っているのはどうせ――――


「…………〈ラーク〉」


 ルーレット台と地続きのテーブルに手をついたミツルの口から漏れた声に、俺は呆れを覚えた。


 はたして盤面のボールはディーラーが自ら指定したポケットに収まり、ギャラリーはその奇跡にわいた。その奇跡は立て続けに起き、とうとうルーレットに設定された店側のメダルの貯蔵は枯渇した。事実上続行不能である。


「全部預かっといて」


 顔面蒼白になってるディーラーをそのままに、ミツルはさっさとその場を去った。あとに残ったのは、インチキギャルの座っていた席に残されたドル箱の高層ビルである。

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