第111話 ナメクジになりたかった子

 そこは、いわゆる天国的なところなんだということが、なぜかすぐにわかった。

おぼろげながらに、身に覚えもあった。


 ああ、ぼく、死んじゃったんだ。


「なかなかひどい目にあっているねえ、まだ若いのに」目の前にいる、立派な椅子に座った老人が、巻物を広げながら言った。それにはどうやら、ぼくの人生が描かれているらしく、ひどく短かった。

「次の世界では、何でも好きなものにしてあげよう。人気なのは、すごい魔力を持った冒険者とかそういうものだが、君は何になりたい?」

 なにかにならないといけないんだろうか、とぼくは思うが、それは口にしてはいけないようなきがした。ぼくは、いつも遠慮ばかりしている。いや、もう死んでしまっているから、していた、と言うべきか。

「なんでもいいのでしょうか」

「いいとも。ヒトでなくてもいいぞ。ドラゴンとか、魔法使いとか」

「それじゃあ、ナメクジにしてください」


 一瞬の間


「なぜまた」

「なんとなく」

「塩かけられて踏み潰されるかもしれんぞ」

「そうしたら、今度こそ人生終わりますか?」

「うーむ」椅子に座った人はうなった。

「なあ君。君が今までいた世界に少しも、まったく希望を持てないのはわかる。次の世界をできれば回避したいと思うのも理解できる。だが、そんな風に一生を終えてもいいのかい。前よりマシな人生を試してみたら、その世界を好きになれるかもしれないだろう」

「試してみないと、いけないのでしょうか」

「一回こっきりでやり直しがきかないのは嫌だ、っていう大勢の人の希望を叶えるためのシステムなんだよ。最低一回だけは我慢して試してごらん。ただし、ナメクジ以外で」

「では、カタツムリで」

「……」

「家があるだけ随分恵まれていると思うんです。ナメクジより」ぼくは早口で言った。ふざけて冗談を言っていると思われたくなかったのだ。 


 神様は溜息をついた。


「わかった。いや、わからないんだが、とりあえずお前がどんな気持ちでいるのかは、それとなく理解した。特別に、お試し期間を設けてやろう。三ヶ月、お前は次の世界で暮らしてみる。それから、改めて何になりたいか聞こう。それが、最終決定になる」

「そうですか」

 お礼を言うべきなのだろうと思ったけど、ぼくの口からはどうしてもありがとうの言葉が出て来なかった。ナメクジかカタツムリになったら、三ヶ月も持たないんじゃないかと思った。それこそ、いたずらっ子に塩をかけられてしまうか、うっかりした誰かに踏まれてしまうとか。


「お前は、ナメクジにもカタツムリにもならない。お試し期間だからな」

 神様がそういうと、目の前に眩しい光が広がって、目を開けているはずなのにまっ白で何も見えなくなった。

「新しい世界では、悪人ばかりではないと、きっと思えるようになる。今は信じられないかもしれないがな」


 それが意識を失う前に聞こえた最後の言葉だった。 

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