第35話 コビト・インタビュー
カセットテープのラベル(フェルトペンで手書き):1981年3月18日都内某所
ブツッ(カセットレコーダーのスタートボタンが押された音)、ジジジジジ……
インタビュアー:まず、お名前を教えてください。
コビト:(金属質の甲高い声)名前は勘弁してくれ。「コビト」と呼んでくれていいよ。どうせ、俺が最後の一人なんだし。
イ:わかりました。では、コビトさんのお生まれは。
コ:それも勘弁してくれ。まあ、都内だよ。俺達みたいなのは、田舎じゃ暮らしにくいんだ。屋根裏、軒下、土蔵、空き家……隠れる場所は豊富で、食料もたんまりある。でも敵が多い。
イ:敵とは?
コ:動物さ。猫や鼠はもちろん、狸、狐、ハクビシン、猿、キジ……田舎に住みついた連中は狩の知識を身につけているが、それでも自分の体より大きい相手だから、事故も頻繁に起きる。あんたが象やヒグマと戦うことを想像してみるといい。
イ:なるほど。都会は田舎より安全でしょうか。
コ:そうでもない。都会にももちろん猫鼠カラスはいる。住宅地にはハクビシンもね。都会のコビトは、狩りをしない。そんなことをしなくても食料が豊富だからね。
イ:都会ではどのように食糧調達を?
コ:廃棄された弁当なんかを頂戴する。田舎の連中は田畑の稲や野菜を少量失敬して狩った獲物と共に山奥で焼いたり煮炊きできるが、都会ではそんなことはできない。煙でばれちまうから、できあいのものでないと。
イ:こっそり民家に忍び込んで食べ物を頂戴したりしないのですか。
コ:俺は泥棒じゃないし、他人の家に勝手に侵入したりしない。それには、サイズ的な問題もあるんだが。見ての通り、俺は身長が三十センチもある。コビトとしてはかなりでかい方だ。目立ちすぎるんだよ。
イ:確かに、それだと誰かの家の中に隠れ住むというのも難しそうですね。それでは、現在どちらにお住まいで?
コ:それも勘弁してくれ。まあ、流浪の民とはいわないが、移動は頻繁にしてるよ。変なやつに目をつけられたくないからね。
イ:変なやつというと?
コ:迷惑な噂が流れているんだ。コビトの肉を食べると不老不死になるとか。
イ:人魚の肉を食べると不老不死になるというのは昔から言われていますね。
コ:珍しい生き物を食べるといいことがある、と思いたい連中が昔からたくさん居るってことだな。迷惑極まりない話なんだが、それで随分仲間がやられた。
イ:食べるために、捕まえられた?
コ:ああ。俺の爺さんや親父も犠牲になった。
イ:それはご愁傷様です。しかし……お尋ねしにくいのですが、その、実際に食べたからといって、まさか……
コ:不老不死になったかって? さあな。病気にはかからなくなったのかもな。でも不死身でなかったことは確かだ。
イ:というと?
コ:親父を食ったやつには、一族で報復した。目には目を、だ。その時はまだ招集をかければ、仲間が二十人ぐらいは集まった。
イ:では、その、敵の人間を、あの
コ:俺たちはヒトの肉なんか食べないよ。さっきも言った通り、都会のコビトは獲物のさばき方なんて知らない。
イ:なるほど。あなたのお母さんのことを聞かせてもらえますか?
コ:なぜ?
イ:先ほどから、お父さんやお爺さんのお話は伺いましたが、お母さんや他の女性の話が出て来ないので。
コ:お袋の話はなしだ。
イ:申し訳ありません。辛い思い出をお持ちなのですね。
コ:そういうわけじゃない。お袋は食われてないよ。動物にもヒトにもな。なんなら、今も幸せに長生きしているかもしれん。まるでコビトなんかこの世に産み落としたことがないみたいに。
イ:お母様は――
コ:ヒトだ。俺の親父も俺と同じで、コビトにしては背が高かった。それで……
イ:ではあなたは
コ:信じられないかもしれないが、俺みたいな奴は珍しくない。ヒトとの間に生まれた子は、長生きなんだ。通常コビトの寿命は三十年ぐらいだが、俺は六十を超えている。だが、俺のようなコビトには子孫を残す能力がない。それも俺達が絶滅に瀕している理由の一つだ。
イ:それでは、本当にあなたが最後の
コ:そうなるな
イ:なぜ、このインタビューを受ける気になられたのでしょうか。
コ:さあな。コビトは、いかにヒトから身を隠すかに生涯を費やすんだが、俺は半分ヒトだから、自分が生きた証だとか、一族の記憶とかを残したかったのかもな。なあ、少し喉が渇いたんだが、水をもらえるかい?
イ:少々お待ちください。
(椅子から立ち上がる音)
(コビトのものと思われる溜息)
(しばしの沈黙)
イ:お待たせしました。小さい入れ物が見つからなくて。水道水ですが。
コ:ありがとう(水を飲む音)。
イ:ところで、先ほどの噂についてですが。
コ:不老不死? 言った通り、俺にはわからないよ。まさか俺を食べようっていうんじゃないだろうね。やめとけよ。仮に噂が真実だったとしても、俺は半分ヒトなんだぜ。効力がそのまま保たれているか、怪しいもんだ。
イ:それでも、藁にもすがりたい人間はいるでしょう。
コ:おい、冗談はやめろ。笑えない。
イ:あなたには、申し訳ないと思っています。
コ:おい。なんだ、突然……体が……
イ:妹の、子が、病気なんです。まだ幼いのに、助からないと。本当にすみません。
コ:キ……ジ……(ぱさり、と何かが床に落ちる音)
イ:記事にはしません。だから、あなたのお母様がたとえご存命だとしても、残念ながら、あなたのことは……
ブツッ(カセットレコーダーが停止された音)
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