第13話 橋の上に立つ子

 彼女は橋の上に立っている。車がひっきりなしに通るので、ぐらぐら揺れる橋だ。その下を流れる川は巨大なドブ川だ。土手を下りて水際まで行くと、異臭で頭がくらくらする。


 彼女は泳げない。


 このドブ川の水を肺一杯に吸い込んだらどうなるのか。少量飲み下しただけで病気になりそうな水質だが、病気になりたいわけではない。もっと楽で――いや、多少の苦しみはあるにしても――即効性の方法を。


 雨のあとは水位が上昇する。汚く濁った水面を、ゆっくりと流れてくる、等身大の、人形。仰向けに浮いて流れていく。オフィーリアみたいなポーズをとっているが、顔も髪もないマネキンで、青いコートを身に纏っている。


 ――スイジョウセイカツシャ


 彼女は人形に呼びかける。


 人形は滑らかな表面にわずかに目や鼻を思わせる窪みや膨らみがあるだけの無表情な顔を少しもたげて、恨みがましい雰囲気を醸し出す。


 ――あんたが流れて行けばいいのに


 人形はそう言って、橋の下に潜り込んで見えなくなってしまう。


 彼女は人形を追って橋の反対側まで行きたいのだが、合計六車線をひっきりなしに車が通過していくので断念する。


 ――誰かが背中を押してくれたら


 彼女は姿が見えなくなった人形に語り掛ける。それが弁解がましく空虚に響くことを自覚しながら。


 ――足を持ち上げて、放り込んでくれたら。


 意気地なし、と人形の非難がましい声が聞こえた。


 自分で飛び込むこともできない意気地なし、と。


 彼女はすっかり冷えてしまった体を軋ませながら、元来た道を帰る。今日も駄目だった、と青いコートの前を掻き合わせながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る