第22話 魔力循環

フォーカス殿、いや、私の親友ジュリアンがこんな顔をしているのは初めて見た。


私はこんなに緊迫した状況なのに、親友の意外な面をまざまざと見せつけられて居心地の悪いような、目を逸らしたいような気不味い気持ちになった。


しかもジュリアンは魔力循環を自らやると言う。


騎士と従騎士は切っても切れない一種の契約が発生しているが、かと言って魔力循環をやるかと問われれば、躊躇う人間が大勢だろう。

それほど魔力循環はやる方の負担も大きく、危険な治療だからだ。


私は特殊な眼鏡をかけるとジュリアンに合図した。


「では始めるぞ、ジュリアン。無理はしないようにしろ。私が誘導するからそれに従ってくれ。」



私は人生で一度だけ経験がある、反対に言うと一度しか経験がない魔力循環の手引きを始めた。


「まずシンに口づけて、舌から魔力を流していく。ゆっくりと細く。

薄いリボンをヒラヒラとたなびかせる様なイメージだ。


この眼鏡で見るとシンの魔力循環が滞っているのは臍の上辺りだ。では、始めてくれ。」



ジュリアンはシンの額に慈愛を込めて口づけると、シンの青ざめた唇に自分の唇を覆うように重ねた。


シンの身体から金色のキラキラとしたジュリアンの魔力の流れが見えてきた。それはゆっくりだが確実にシンの臍の上部に向かって進んで行った。

ジュリアンは目を固く閉じて、少し青ざめた顔で汗を滲ませながら魔力を注ぎ続けた。


「もうすぐだ!辛いだろうが、耐えてくれ。5回数える。1になった時に一気に魔力を注いでくれ。注いだら一度止めるぞ。

5、4、3、2、1!」


ジュリアンは身体をガクガクと震わせながら大量の魔力を注いだ。



すると見たことのない事が起きた。


ジュリアンの金色の魔力がシンの臍上で眩しいくらいに光った。


次の瞬間、シンの臍の上に真っ白な光の柱が幕の天井を突き抜ける勢いで立ち上がった。


私とジュリアンは初めて見る光景に驚き、圧倒された。


白い光の柱はしばらく立ち上がっていたが、そのうちゆっくりと縮んでもう一度シンの身体に吸い込まれていき、それと同時にシンの身体の魔力が手足の末端まで行き渡るのが見えた。


シンの顔色は血の気が戻り、浅く弱くなっていた息も深いゆっくりとしたものに変わっていた。


「…ジュリアン、成功したみたいだ。もう大丈夫だろう。」



ジュリアンは食い入る様にシンの顔を見つめながら大きく息をつくと、側の椅子にぐったりと沈み込んだ。


他人に魔力を与えるのは相当な負担になる。

自分の中のエネルギーを文字通り切り取って入れ込むわけだから、誰にでも出来る訳ではない。


そもそも魔力量が多くないと出来ないし、夫婦や恋人、騎士と従騎士の様に身体の関係がないとほぼ不可能だ。

身体の関係がある者同士は無意識に相手の魔力に慣らされるからだ。


稀に誰にでも、あるいは誰からも魔力相互互換できる人間がいるらしいが、歴史書に出てくるような話だ。



私はジュリアンに魔力回復に効く薬液をカップに入れて魔法で温めて渡しながら尋ねた。



「さて、最初からこの黒髪の眠りの君の話を聞かせてもらいたいな、ジュリアン?」





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