第3話

 姉ちゃんは自室のベッドでゴロゴロしていた。気だるそうに、スマホでショート動画を見続けている。姉ちゃんは学校が休みだから。

 

 ベッドの前で仁王立ちしたぼくは、強気に出た。


「あのさ、ぼくのスニーカー知らない?」

「……」


 無視を決め込んでいるのか、聞こえていないのかは、わからない。何度呼びかけても無反応だ。きっと、犯人だから黙っているんだ。都合が悪いことは聞こえないふりってやつ。


「何か言えって」


 痺れを切らして、姉ちゃんの肩を叩こうと手を伸ばした。


 ……その瞬間だった。ぼくの顔面が、ズドンと衝撃を受ける。姉ちゃんの枕が勢いよく鼻を押しつぶした。


「痛ってぇーー!」と叫べれば、まだ良い方。でも、それは叶わなかった。


 姉ちゃんは硬めの枕が好きなんだ。フワフワじゃなくて、ザリザリしている武器の攻撃力的に、「痛った……」っと鼻を押さえて小声で言うのが精一杯だった。


 スマホ片手に、頭おかしいんじゃないの? と顔で訴える姉ちゃん。


「あんた、まじでうるさいんだけど」

「だって姉ちゃんが靴をどっかに靴を————」

「は? わたしが何であんたの靴が何とかかんとかってのに関わってると思ったわけ? 理由は? 何? つか、さっさと学校行け!」


 ぼくが話し終える前に、高圧的なマシンガンに打たれて強制終了。怖すぎる。それでも、今のぼくは負けないし、怯まない。だって、タクミの証言があるから。


「タクミが夜中に、姉ちゃんが靴を持って外に出たのを見たって言ってたんだ」


 姉ちゃんが罪を認めて返してくれるまでは、学校に行ってやるものか。姉ちゃんは数秒フリーズして、その後にゆっくり起き上がる。スマホは布団の上にそっと置かれた。


「それってさ、マジ? お母さんはそのこと知らないよね……?」


 さっきまでの態度とは裏腹に、姉ちゃんがビビっているのがわかる。


「知ってたらもう言われてるんじゃない? ナツキ、夜遊びなんてやめなさい! って」

「そうだよね……」

 

 姉ちゃんは何かを考えているのか、遠くを見つめる。一点を見つめていた目が、挙動不審に動き出した。明らかに様子がおかしい。


「ごめんなんだけど、靴のことは本当に知らない。わたしが夜中に抜け出したのは、その……」


 みるみるうちに顔が赤くなっていく姉ちゃん。こんな様子は初めて見た。姉ちゃんが話し出すまで、沈黙が続く。


「……最近、か、彼氏ができて。誕生日プレゼントにスニーカーを買ったの。それを渡したくて」


 乙女かよ。


 今日の明るいうちに会って渡せばいいのに、とか言ったら「モテないやつは黙ってろ」って言い返されるんだろうな。


「証拠ならあるから」と姉ちゃんがスマホで撮った写真を見せてくれた。


 そこには、姉ちゃんがそれなりにイケメンな男の人と一緒に写っている。イケメンは真新しいスニーカーを両手で大事そうに持っていた。撮影時刻は0時32分。家族のみんなは寝ている時間帯だ。


 ぼくの靴、姉ちゃんが持っていったわけじゃなかったんだ。


 じゃあ、どうしてなくなったんだ?


 ぼくはいつになったら学校に行けるんだ?

 

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