case2 「不死身 弐」
言葉にならない、悲鳴のような声を聴きながら、俺はビルからビルを飛んだ。
いい感じだ。
恐怖の叫びは一番のごちそうだ。
寡黙な女ほど、こういう状況になるといい声を出す。
このまま聴き続けたい気分だが、そうもいかない。目当ての場所に到着だ。
数年前に倒産した廃ビルの屋上。着地してすぐ、腰元に抱えていた少女を離す。彼女はその場にヘタリ込む。
荒い息をしながら、乱れた髪が風で揺れる。その隙間からうなじが見える。
性欲に似た高揚感が俺を包み込む。キバを伸ばし首筋に噛み付きたい気持ちを必死にこらえる。
「俺は今から君を殺す」
俺の宣言に少女は顔を上げた。
「少しだけ、君に猶予をあげる。俺はここで百まで数を数える。その間にこのビルから出るか、数え終わった後でも俺の追跡から逃れてビルから出れば殺さない。質問は受け付けない。さあ、スタートだ」
いーち、にぃー、さーん・・・・
十を数えたあたりで、ようやく立ち上がり走り出す少女。
そうだ。その調子だ。せいぜい俺を楽しませてくれよ。迷わず走り続ければ、ビルから出る事は不可能じゃない。
窓から差し込む月明かりだけで、廃ビルの中を走れるなら、ね。
俺はゆっくり百まで数え、ビルの下を覗き込む。
少女はビルの中層階辺りにいた。恐怖に怯えながら、必死で下階へ進もうとしている。暗闇のなか、よく頑張った方だろう。
さて、そろそろ行くか。
俺はビルの屋上から飛び降りた。
風切り音を聞きながら、頃合いをみて指を外壁に突き刺す。
壁を削りながら降下速度が落ちてゆく。停止した所で近くの窓を割り、ビルの中へ入る。目の前には恐怖で固まった少女。
「残念だったね。もう見つけちゃった」
少女は俺の方を見たまま、その場に座り込んだ。
何もない大きなフローリングの部屋。
月明かりと、ガラスの割れた窓から吹き込む風の音。
これがあの古城ならもっと雰囲気が出ただろうが、都会ではそうはいかない。
少女の今にも泣きそうな顔で十分満足できる。
俺は少女の前で膝をつき、肩まで伸びた髪をそっと撫でる。あらわになった首筋を見ながら、俺の口からキバが伸びる。
少女の鼓動は激しく脈打ち、体は小刻みに震えていた。
この瞬間が俺にとって至福の時。
キバが首筋に刺さった時、恐怖は快楽へと変化する。
俺はゆっくりと顔を近づけた。
「はい、そこまで」
俺の後ろで声がした。
振り返ると、月明かりを背に、長身の男が立っていた。
「彼女の血は吸わせないよ。ニセ吸血鬼さん」
長身の男は、そう言ってニコリと笑った。
この男。
いつからそこに立っていたのか。
俺が気づかないなんて・・・・
「聞かれる前に自己紹介するね。僕はワタル。不死鳥と書いてシナズトリ、不死鳥ワタルと言います」
何勝手に名乗ってんだ、コイツは。
俺は足元に落ちているガラスの破片を拾い、後ろ手に投げた。破片は男の頭を貫通して即死。
さて、これでゆっくりと・・・・
「危ないな。ケガしたらどうするのさ」
俺は少女が逃げないように気絶させ、立ち上がった。
振り返ると、ガラスの破片が飛んできた。俺の左目に突き刺さる。一瞬だけ痛みを感じるが、すぐ再生能力が働く。破片を引き抜くと数秒で元に戻る。
ワタルと名乗った男が拍手した。
「すごいね。もう治っちゃった」
本気で感動しているようだった。
何者なんだ一体。
「じゃあ、これならどうかな?」
そう言ってすぐ、指を弾く音。
小さなガラスの破片がいくつも飛んできた。俺の全身に突き刺さる。
指の力だけで何故そんな破壊力のある速度で飛ばせるのか、俺には理解出来なかった。容赦無く俺の体を傷つける。
後ろに少女がいるのに、当たったらどうするんだよ。
それとも、当てない自信があるのか?
俺の全身に食い込んだ破片は、ゆっくりと体の中から現れ床に落ちた。傷口も同時に塞がっていく。足元に転がったガラスの破片を見る。それはもはや破片ではなく、楕円ではあるが球状に形を変えていた。
この男は、ガラスの破片を手の中で高熱で溶かし、球状に形作ったようだ。
人間の能力では有り得ない。
「お前、何者だ?」
俺の問いに男は首を傾げる。
「実を言うと、僕もよく分からないんだ。でも多分、君みたいな子が悪さしないようにいるんだと思う」
とことん変な奴だ。
何かしら人間を超えた力を持っているようだ。
俺とは種類が違う。
少し興味が湧いたが今夜は少女を優先したい。さっさと排除して、目的を達成するとしよう。
不死身の俺にかなうとは思えない。
「今、僕を殺そうとしてるね?」
男が言った。
「残念だけど、君では殺せないよ」
笑顔で宣言する男。
コイツの自信は何処からくるんだ?
俺はその場で軽くステップを踏んで、男との間合いを一気に詰めると、頭部へ蹴りを入れた。頭蓋粉砕か、頭が体から分離するか、そのレベルの蹴りだ。
男は肩のあたりで手で受け止めた。
すぐ脚を戻し、その勢いで回し蹴り。胸部を狙う。肋骨が砕け心臓に致命傷を与える、そのはずだった。
また手で止められた。
俺は男と少し距離をとった。小さな声でつぶやいた、男の言葉が耳に残る。
君が本物なら加減しなくていいのになあ
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