case2 「不死身 壱」

 夜が来た。


 体中の細胞が活性化する。


 全身の血液がワルツを踊りだす。


 俺はあるビルの屋上に立っていた。

 今日の風はいつもと違った。何千、何万といる人間のなかから、たった独り。

 俺が神に近づくための贄となる女。

 ようやく見つけた。

 こんな近くにいるのに、何故今まで気付かなかったのか。疑問点はあるが今はどうでもいい。全て終わってから考えればいい。

 どんなに離れていても、今は心臓の鼓動も血液の流れる音もはっきり聞こえる。


 さあ、今会いに行くよ


 俺は夜景の海へダイブした。


 夜の繁華街。

 平日だがまだ人通りは多い。

 地上何十メートルからダイブした俺は、何事も無かったかの様に音もなく着地した。これだけ人通りが激しいのに、誰も落下してきた俺に気づかない。

 他人への無関心さは都会ならではか。

 人は見かけだけでは分からないものだ。清純、純潔を気取っていても実際は違う。俺の目は誤魔化せない。女とはある意味怖い生き物だと思う。

 

 さて、目当ての女はどうしているか。

 彼女のいる方向を見つめる。どうやら塾が終わって帰宅するようだ。電車とかに乗られると少々厄介だ。あまり騒ぎを大きくしたくない。

 俺は足早に彼女を追った。


 初めて吸血した時、本能の赴くまま、がむしゃらに吸った。まだその時は自分を上手くコントロール出来なかったからだ。何度か繰り返すうち、欲求をある程度抑えられるようになり、吸血の意味を理解出来るようになった。

 日が落ちるとやたら喉が渇き、女の、特に処女の血を欲しくなる。

 何故日没後にそうなるのかは分からない。だが、欲する理由は分かる。それは生命の源であるDNAを求めている為だ。多く集めることで自身の肉体をより完璧なものへ、完成形へ近づこうとしているのだ。


 冒険家になりたくて、高校を卒業してから世界を旅した。

 祖父が資産家だった事も幸いして、資金面は不自由しなかった。

 三年目。ヨーロッパの国々をまわっていた時、黒海に近い国で古城を観光した。

 昼前に城に入って、出てきたのは夜だった。その間の記憶が無い。気がつくと城の前に立っていた。体調が良くなかったので、とりあえずホテルに戻った。

 しばらく高熱が出て寝込んだ。

 熱が下がった頃、俺は人間の概念から外れたモノになっていた。

 夜明けから日没まで、日常生活に支障が出る程、体の機能は低下した。

 感情表現が上手く出来ない。考える、という行為が人並み以下で、そのせいなのか歩く事すらままならない。

 外に出れば、太陽の光が、真夏の砂浜にいるように熱くて眩しい。

 日差しで体が溶けてしまいそうな感覚に襲われた。

 ところが、日が沈むと状況は一転した。五感すべてが野生動物のように鋭くなり、肉体の機能は空想世界のヒーローのようだった。

 腕力、脚力、体力、全てが人間のものではなかった。

 そして、激しい喉の渇き。

 欲求が抑えられない。

 俺は部屋のベランダに飛び出し、別の部屋のベランダへ飛んだ。そこには同年代くらいの女性が泊まっていた。

 俺はベランダから部屋に入った。

 女は悲鳴をあげそうになるが、俺の眼力で意識を失った。倒れる前に抱き寄せる。

 腕の中でぐったりした外国人女性の首筋を見た時、俺の理性は消えた。

 開けた口からキバが伸び、首筋に噛みついた。

 それが最初の吸血行為だった。


 二年後。

 試行錯誤を繰り返し、どうにか自分の変化を理解し向き合えるようになった。

 日中は、サングラスをすることで人並みに出歩けるようになった。

 日没後の吸血欲求は、ある程度抑えることが出来た。よく吟味し、必要最低限の量だけ摂取した。

 様々な国の女性の血を吸ったが、アジア系の同じ人種が一番合っているようだ。

 太陽の光、十字架、ニンニクは世間で言われる程効果は無い。


 二十六才になる年、俺は日本に帰ってきた。

 ここに、俺が完全となるための血が存在する。見つけてすぐ行方が分からなくなっていたが、今日ようやく現れた。

 俺は彼女に向かって歩きだした。

 夜の繁華街。

 優雅に、まるでダンスでも踊っているかの様なステップ。果たしてどれだけの人間が俺の姿を目視できるか。

 人もクルマも、俺には止まって見える。

 普通に歩いている感覚でも、実際はかなりの速度で進んでいる。

 五分とかからず、二キロ先にいた彼女に追いつく。

 高速道路が上に走る国道で信号待ちをしていた。

 今夜はどういうシチュエーションでいこうか・・・・


 「ねえ君、ちょっといいかな?」

 俺ははやる気持ちを抑えながら声をかけた。

 制服姿の少女は、振り返ってじっと俺を見た。怪訝な表情だ。そりゃそうだ。見知らぬ男から声をかけられたら、誰だってそうなる。

 「何ですか?」

 かなり間があいて、ようやく問い返す少女。

 メガネをかけた文学少女、みたいな顔だ。もう少し大人になれば、きっと美人になるだろう。

 大人になれればね。

 

 「空中散歩したくないかい?」

 反応なし。

 意味が分からないのだろう。

 俺は素早く少女の腰に手を回した。

 「え?」

 少女が驚きの声を上げる。

 次の瞬間、俺は少女を脇に抱えたまま、高速道路の上を飛んでいた。

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