第4話

 随分、言葉遣いが悪い女だ。腰まである長い黒髪と小さな顔、背が低くてとても高校生には見えない。でも、お人形のように目が大きく二重で可愛い子。





「そうだけど。今までどこにいたの、君」





「そんなつまらない質問に答えるほど私は暇じゃない。そんなことより……」





 女の子は、僕にズンズンと近づいてくる。あまりにも近くまで来るので、僕は後ずさった。





なんなんだ? この子。





「どうして逃げる。私が嫌いか?」





 いや、嫌いとかそういう問題じゃないんだけど。



なんだ、なにする気だ?



 頭が混乱する。昼休み終了のチャイムが鳴った。





「ほ、ほらっ! 昼休み終わっちゃったし。教室に戻ろう……」





 僕は、女の子がこれ以上接近出来ないように人差し指で教室がある方向を指差した。瞬きする回数が、増える。動揺が、全身から漏れ出ているのが自分でも分かった。



しかし、それを無視して、さらに僕に近づく女の子。揺れる学校指定の大きな紫色のリボン。紫は、一年の女子と決められているので、同学年だと分かった。





「あのさ、あの……えっ……と」





「黙って。悪いようにはしないから」





言葉がまとまらない。女性とここまで至近距離になったのは、小学生以来だ。お互いの息がかかるぐらいの距離。心臓の音を聞かれるのではないかと心配になった。



 彼女の綺麗な目に見つめられ、自分でも分かるぐらいに顔に熱が集中しているのを感じていた。生唾を何度も飲み込む。





「前から、お前を確認したかった。よしっ! 確かにお前も『獣人』だな。でも、まだ覚醒はしていない」





獣人? 



覚醒? 



漫画の話かな。





「キスしろ。私と」





 キス? あれ、キスってなんだっけ。確か、そんな魚がいたような。食べたことないけど。



女の子は、必死に背伸びをして顔を僕に近づけた。目と口を両方閉じている。





えっ……と、キスってそのキス?



嘘だろ、嘘に決まってる。この子は、僕をからかっているんだ。もしかしたら、まだこの屋上には誰かが潜んでいて、僕のことを今も笑って見ているかもしれない。





いや、そうに決まってる!





「あのさ、僕だってそこまでバカじゃない。こんなのありえない。急に君みたいな可愛い子とそんな、キ、キ、キスなんて、あるわけない」





 自分でも呆れるぐらいに動揺している。女の子は、目を開け、そっと呟いた。





「私が信じられないのか?」





 そんな涙目で見つめられてもダメだ。演技に決まってる。僕を試しているんだ、きっと。





「信じられるわけないだろ。今さっき会ったばっかりなのに。もう行くよ」



百八十度回転し、再び扉に手をかけた。もう振り返るつもりはない。



「そうか。残念だ。……………えいっ!」





 女の子は、一歩後ろに下がり、そして思い切り僕の股間を蹴り上げた。直接見なくても、この激痛で何をしたのか分かった。



なんの躊躇もない急所攻撃。





「いぃ!!!! ぐっ……………」





それ以上声が出ない。両膝を地面についた。





なんでっ! なんでだよ。く…そっ……。突然やってきた強烈な痛みに頭が真っ白になった。





「痛っ…ぅ……。僕が、何したっていうんだ」





この女、頭どうかしてる。僕は、その場に蹲り、必死に痛みに耐えた。





「素直にならないお前が悪い。私だってこんなことはしたくなかった。私は、背が低いからこうするしかないんだ……。許せ」





女の子は、ゆっくり腰を折り、コンクリの床でまだジタバタしている僕の顔をその両手でそっと持ち上げ。





そしてーーーー





キスをした。





「っ……」





「!!!!!!?」





その瞬間だけ、痛みとかそういう余計なものを全て忘れることが出来た。柔らかくて、ほんのり甘い匂いがして。僕の初めてのキス。今まで空っぽだった心の壷に、ジャバジャバと何かが満たされていく感じがした。





「これが、キスか。初めてしたが、なかなかいいもんだ。今、はっきりと確認した。お前は、獣人で間違いない。唾液がそう語っている。今日から、お前は私達の仲間だ」





そう言うと女の子は、まだ床でどうしたもんかと悩んでいる僕を放置して、さっさと扉を開けて出て行ってしまった。



 女の子は消えても、しばらくその場から動けなかった。痛みはもう消えていたが、気持ちの整理がなかなか出来なくて、立ち尽くしていた。                   



 結局、午後の授業を全てサボった僕は、放課後まで屋上で過ごし、あの女の子のことをずっと考えていた。





そういえば、名前聞いてなかったな。また、会えるだろうか。まぁ同じ学校、しかも同学年なら会える確率は高いだろう。今さっき自分の身に起きたことを考えると興奮して落ちつかない。



もしかして、これが一目惚れと言うやつか。屋上は寒かったが、心はいつまでもポカポカ温かかった。





キーンコーンカンコーン。


キンコーンカンコーン。



放課後になり、部活をしていない帰宅部の僕は、正面玄関で靴を履き替えていた。その時、親しみのある声が僕の名を呼んだ。幼馴染の霊華だ。

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