第3話


昼休み。



学校の屋上。



僕は、フェンスに寄りかかりながら焼きそばパンを頬張っていた。購買で売っているパンは、人気が高く即売り切れてしまう。今日は、運が良かった。悪友タケルは、昼休みになるとどこかへフラっと行ってしまった。もしかしたら、今日はもう学校には来ないかもしれない。





タケルは、まるで猫のような感じ。





誰にも縛られず、自分勝手に行動し、自由を謳歌している。僕は、彼のそういう所を羨ましいとさえ思っている。僕にはないものをタケルはたくさん持っている。





ヴゥゥーーーーーーーー!!





ヴゥーーーーーーーーー!!





「っ!?」





空が震えるサイレンの音。町中に設置されている防災無線塔の巨大スピーカーから警報を知らせるサイレンが鳴り響いている。





「はぁ……今日は、来ないってニュースで言ってたのになぁ」




カバンからテロ対策で軍も使用している防毒マスクを取り出した。それを素早く顔面に装着する。ベルトを頭の後ろに回して長さを調節し、締める。最後に、マスクの左右に設置されている吸収缶を手で塞いで、息が出来るかどうか確認する。息苦しさを感じたら、装着完了。





この一連の動作を一分以内に終わらせなければいけない。なぜなら、サイレンが鳴ってから『黒い風』がやってくるまで一分弱しかないから。僕たちは、このマスクを装着する動作を小さい頃から体に叩き込まれている。今なら、目を瞑っていたとしても三十秒で装着出来る自信がある。





マスクをつけた状態でフェンスの外を眺める。田舎でもなく都会でもない。海はなく、山しかないこの町、神屋町(かみやちょう)。僕が、産まれてからずっと暮らしている町。





携帯を開き、時間を確認する。そろそろサイレンから一分が経過する。さっきまで穏やかに電線の上で鳴いていた鳥が、逃げるように飛び去った。すべての車が、青信号にも関わらず停車している。黒い風が吹いてきた場合のみ、即停車が法律で定められているから。





外を出歩いていた人々も既にマスクを装着済みで、かくれんぼをしているかのように息を潜めていた。僕も黒い風を何度となく体験してきたが、未だに慣れない。緊張で手先が震えている。





 来たっ!





山の向こうから、夜より深い闇がやってきた。その闇は、町を飲み込もうとまるで生き物のように左右に広がり、襲ってくる。音がないので、余計にその速さが分かる。僕がいる屋上にも闇が覆い被さってきた。



 一瞬、マスクをしていることを忘れ、息を止めてしまった。





「……………」





無音。




黒い風の中ーーー。



十月も後半だと言うのに、この風の中は妙に生暖かい。自分の足元を見るが、暗くて何も見えなかった。宇宙にいるような奇妙な感覚。




黒い風。



これは、一体何なのだろう。その答えは、専門家ですらまだ出ていない。僕は、無宗教だから本気で神様なんて信じているわけじゃないけどこれは、人間に対する罰じゃないかな。環境破壊の代償とか。地球温暖化を引き起こした悪人だから。実際、この黒い風の影響を受けるのは、人間だけで周りの動物たちには無害だし。神様が、僕たち人間を皆殺しにして地球を浄化しようとしているのかもしれない。





「まさか、ね」





 突然、光が目の前に溢れた。眩しくて、しばらく目を開けられなかった。黒い風が消えた。





現れる時も消える時も突然。悪夢を見ているかのようだ。毎回長さは違うが、平均して三十秒ほどで黒い風は、消える。





多いときは、一日に三回。少ない時は、月に数回程度黒い風はやってくる。



ベルトを緩め、マスクを外す。ひんやりとした空気が、顔に当たり気持ちが良かった。昼休みも残りわずか。マスクを持って屋上と四階とを繋ぐ鉄扉に手をかけた。





「お前、ナオトだろ?」





「っ!?」





背後から声がした。反射的に振り返る。そこには、小さな女の子がいた。



今までどこに隠れていたんだろう。そんな疑問の答えが出るよりも早く、また女の子は僕に話しかけた。





「日本語分かるよな、お前。ナオトかって聞いてんだけど」



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