第2話


「はぁ……」




重いぃ。




このカバンを砲丸みたいに川に投げたい衝動にかられた。そのことを頭の中で想像するだけで、少しストレスが緩和される。




「はぁ……眠ぃぃ」




僕の横で眠たそうに目を擦っている悪友。年齢を偽り、深夜のコンビニでアルバイトをしている彼は、僕以上にしんどそうな顔をしていた。二人揃って、まるで覇気がない。




「そのうち体壊すぞ。……ってか、そんなにお金必要なの?」




「貧乏人のオレの気持ちなんか、お前みたいな温室育ちには分からんよ。まぁ、心配してくれるのはありがてぇけどさ」




 少し照れくさそうに笑う彼の顔は、まだまだ幼く中学生のようだった。童顔と言うやつ。僕とは違い、彼、横山タケル(よこやまたける)は女子にモテまくる。背が高く、スポーツ万能。学校の成績は良くないが、それは彼がバカだからではなく、ただテストで本気を出していないだけ。僕のテスト勉強を時給五百円で手伝ってくれる彼の頭の良さは、僕が一番良く知っている。




「なぁに辛気臭い顔してるのよ。相変わらず気持ちの悪い男たち……。見ているだけでこっちのテンションが下がる」




僕たちの後方から声がした。顔を見なくても誰だか分かる。もう何年も聞いている声だから。




彼女は、鮎川霊華(あゆかわれいか)。僕の幼馴染だ。漫画や恋愛シュミレーションとは違い、ただの幼馴染でそれ以上の関係に発展する可能性は、今のところゼロである。




「鮎川か。お前、朝からすげぇ元気だな。利息なしで金貸してくれない? 今月ピンチでさ」




「はぁ? アンタ、言ってることメチャクチャよ。お金なんて死んでも貸さない。ってか、この前貸したお金も返ってきてないし。ねぇ、ナオト。どうして、こんなバカといつもつるんでるのよ」




 バカと言われているにも関わらず、タケルは気にもしないで口笛を吹き始めた。異様に上手い。心地よいメロディー。




ふんふんふん♪




「まぁなんとなくかな。タケルといるのは」




「な、なんとなく? そう……なんだ」




 動揺している霊華。どうしたんだろう。その横では、二曲目を披露しているタケル。


 三人で横一列に並んで登校する。最近では、この構図も多くなってきた。中学の頃は、僕は一人で登下校していた。霊華は、一緒に行こうと何度も僕を誘ってくれたが、恥ずかしかったのでその都度断っていた。




しかし、高校に入って初めてタケルと言う友達が出来てから、何故かそんなことも気にならなくなった。だからこうやって今、霊華と自然に歩けるのはタケルのおかげだ。




「でもさぁ、アンタ出席日数ヤバイんじゃない? 週の半分以上は学校休んでるし。高校一年で留年したら洒落にならないわよ」




 僕の右サイドで、霊華がタケルに話しかけている。それを横目でチラチラ見ていた。霊華の頬が若干薄いピンク色になっている。それは、この寒さだけのせいではないだろう。なんだかんだ言って、霊華はタケルのことが好きなんだと思う。




たぶん、だけど。




「ちゃんと計算してるから大丈夫だって。ってかさ、そんなに俺のこと心配なの? 彼女にでもなるか?」




 タケルは頭を掻きながら、大袈裟な欠伸をした。




「誰がなるかっ!! 私は、ナオトの友達が、こんな奴なのが悲しいだけ。はぁ~……バカがうつりそう。遅刻しそうだから私先に行く」




 霊華は、地獄坂を走って登っていく。陸上部なので、めちゃくちゃ足が速い。揺れるチェックのスカートから覗く小麦色の肌。霊華もタケルと同様に運動神経が良く、頭もそこそこ良い。もし二人が付き合ったら、お似合いのカップルになると思う。




「どうした? 幼馴染の成長にムラムラしたのかなぁ、ナオトちゃんは。でもまぁ分かるけどなぁ~。高校一年であの体は反則だよな。乳牛もビックリの大きさだし」




 確かに。




「でもよ、俺はもう少し、こう……清楚なお嬢様タイプの方がいいな。綺麗な黒髪。肌も淡雪のように白くてさ。性格は、物静か。いつも難しい外国の本読んでるような、そんな女。そう思わない?」




「う~ん。そうだね。まぁ僕は、優しければ誰でもいいよ」




「ストライクゾーン広っ! 大丈夫か? お前」




 そんなこんなで学校まで来た。残念なことに二人揃って思い切り遅刻した。

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