寓話
因幡の玉兎
本当に賢い者とは
「あの野郎マジで購入しやがったwww」
「全くだこの国のトップがこれじゃあ世も末だなww」
腹を抱えて笑う二人の男が手を叩いてそう言った。
…そう嫌そうな顔するんじゃねえよお姉ちゃん、
本当に賢いのは俺たちのような悪目立ちもせず知恵を振り絞って泥を啜って生きている俺たちなんだ…
給仕をしていた女性は肩を叩かれ、
その品性のなさに眉を顰めたが、愛想笑いをして去っていった。
彼らは貧しい生まれだった。
だから、せめて貴族のものを作る仕事に就けば、ある程度余り物を安く購入したり、自分たちで作ることで少し安く作れる。そうすれば、自分の子供たちにはもので恥をかかせる事はなくなるのではないか…
そんなことを考えてこの仕事を始めた。
人気のブランドになれば騎士の称号を受けて貴族の娘との結婚の可能性も全くないわけではない。
「この世界はいいぞ、実力さえあればのしあがることもできる」
二人はそこまで自惚れるほどの自意識はなかったが、
懸命に仕事に励み、
どれだけ無能だと罵られても自戒を持って腐らずに仕事をしてきた。
厳しい環境下で辞めようと思ったこともあったが煌びやかな世界の近くにいられる時もあり、そう思うと田舎に帰る気は起きなくなっていた。
しかしある時に気がついたのである。
自分たちの実力が既に伯爵に召された者たちよりとうに彼らを追い越していることに。
しかし彼らはまだ下働きをさせられた。相変わらず細かいことで難癖をつけて給料も上がらず、時にはわざと失敗するようにミシンに細工があったこともあった。下手に訴えれば首になって職を失う…
それに、よくよく見れば貴族に召された者たちは貴族が結婚することで財産や土地を受ける元々裕福なものばかりで、産業革命により一般市民が多くの富を得たことで危機感を覚えた貴族が政略結婚をしていただけであった。自分の番が回ってくる事は永久にない。
二人が自分で工場を持って人を雇うには給料が低すぎる。
自分達がまともに仕事をしてあの場所に立つ事はないことに気がついてしまった。
「実力さえあれば認められる…」
彼らは裏切られたような気持ちになった。
そこで彼らは大金を手に入れる算段を立てたのだ。
酔った勢いでやった事だった。
まさか、うまくいくとは。
彼はお金を山分けして家路に帰った。
流石に工場を買うほどの金額ではなかったが、
妻に良い土産を買うくらいの余裕はできた。
もう労働者風情の嫁だなんて笑わせない…彼女はその辺のただの派手好きなボンクラ女とは違い、賢い娘なのだ。それを自分は知っている。
貴族になれなくてもいいから、彼女が喜ぶ顔が見たい。
帰るなり、家の扉を開けると、
そこにはなぜか下着姿で平然としている人々が集まっていた。
男は狼狽した。
「おい、これは?」
妻は慌てた様子で奥へ引っ張り、静かにして!と声を殺すように言った。
「貴方が見えないとは思わなかった!うん、でも大丈夫よ、私はそういうところがある貴方をわかって結婚したんだもの」
女は演技がかったような落胆するような表情だが少しだけホッとしたような顔をして…そして心なしか得意げにした。男は嫌な予感を覚えた。
「見えないとは?」
「貴方には見えないのね…」
彼女は再び仰々しくため息をついた。
今朝こんなチラシが届いたの。
女は美しい印刷技術で印字された高そうな紙と装飾のついたロマンティックな手紙を取り出した。
「お願い、うちが生活が苦しいのはわかるわ、でもあの服を買わないと私の子も私もみんな恥をかいてしまう。
「あの服が見えないから服を買わないんだ!」ってバカにされるわ。
私、もう少しでミュージアムの司書を任されるかも知れないの。
掃除をしてる間に私が文字が読めることを知って気に入ってくれて、その方も是非その服を購入してほしいって言っているわ。聡明な君にはとても似合うと思うっておっしゃってくださったの。
これで、これで私が頭が悪いって思われたら、
また所詮労働者階級の女はってバカにされるの…
だから、お願い。
この服を買ってほしいわ」
「そんな…お前、何言ってるんだ、そんなものあるわけないだろう、そんなみっともない格好で外を歩いてどうする、
君が賢いのは服を着ているからか?違うだろう、それは俺がわかってるじゃないか、君は、どうして、それに、それは俺が…」
「そんなこと言って!私に何か買うのが嫌なんでしょう!私が外に出るのも反対なんだわ、私のことを信用していないから!
第一…そうよ、貴方にはこの服が見えないんでしょ?
貴方は、周りの人とは違って賢いって思ってたけど、私の買い被りだったってことよ。そう、この美しい服が見えないような貴方に認められても嬉しくないわ!」
「…!」
こんな女だったとは。彼女は権威に寄らずに人の知性を見抜く、物静かで聡明な女だったはず。
求婚に承諾してくれた時も、「貴方にはお金では買えない聡明さがある方です。喜んで」と言ってくれたのに、
こんな、
こんなくだらない嘘なんかで、俺を、
そうこうしているうちに、待ちかねた客人たちがぞろぞろと奥に押し入り、何をしているのかと話しかけてきた。
男が口を開こうとすると、妻が泣きそうな顔で服をつねるように掴んでくる。そして、お願いだから恥ずかしい事はしないで、と押し殺すような声で言った。
その様子を見て余裕のある顔で客人は言った。
「旦那さん、決して悪い話ではないですよ、
これを持っているかいないかで賢者とそうでない者がはっきりするならこれだけ安いものはない。
今の時代階級より知性ですよ、貴族なんか見ていてもブルジョワと結婚してしのぎを削っているのはみんな言わないだけで周知の事実、賢い旦那さんなら知っているでしょう、今は実力の時代。
チャンスですよ、もう、こんな生活は嫌でしょう?
なに、すぐに元は取れます。これさえ着ればその証明になる。いくら選挙権を購入できてもこの服を着ないで議論に参加する者はいません。これだけで貴方にも人権が認められるんです。
いくら貴族でもこの服を着られないような人は信頼できない、それ以下の存在なら尚更…こほん、いえ、階級差別に反対する我々はこの商品を自信をもってお勧めできるのです」
周囲からは拍手が起こり、その後、その場の全員が男の返事を待つ間、
シンとした静寂があたりを包んだ。
全員が男を憐れむような、期待するような目で見るので、
男は思わず後退りをして机に足腰をぶつけてしゃがみ込んだ。
妻はそれを見て落胆したような呆れたような顔をし、
何人かはクスクスと笑い、
客人は優雅に「どうされましたか?」と手を差し伸べた。
男は同僚と酒を飲んで…と曖昧に答えて、顔を伏せた。
手を差し伸べた一人だけ高価な服を着た彼は「自分が一番この場で賢いのだ」という自信に溢れた目をしている。先程の自分のように。
蔑みの目、哀れみの目、落胆の目、目、目、目、目…
全ての目が男を見下ろしている。
耐えられなかった。
男は自分をゴミでも見るような目で見つめる妻の様子を見て胸が捩れるような気持ちで落胆したが、しかし今更妻子なしで生きられるほど強くはなかった。
「わかりました、買います、その服を…」
男は服の値段を聞くと、
今であれば格安になっており、
ちょうど定価の半額…
つまり…裸の王様から受け取った「バカには見えない服」を売った金額の半額、友人と山分けした分と同額であった。
寓話 因幡の玉兎 @No5fuckyoumaru
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