第58話 約束

「セレナから離れろッ!」


 アレンはすごいな。鍛え上げた騎士ですら二の足を踏む相手に、怯えることなく向かっていく。彼に迷いはなく、ただ愚直に真っすぐ向かっていった。

 私も動かないと。アレンをサポートしないと。


「聖女ちゃん、どうかな?」


 ファンゲイルはアレンを歯牙にもかけない。氷の膜がアレンの剣を容易く弾いた。

 血色の悪い白肌で笑顔を作って、芝居がかった動作で両手を広げた。背後にスカルドラゴンが座り込む。たった二体なのに、スケルトンの軍勢すら超える圧倒的な存在感を放っていた。


「くそっ!」


 アレンは汗を手の甲で拭い、剣を構える。


「セレナ、あいつが敵なんだろ? 戦おう」


「う、うん」


 ああ、だめだ。ファンゲイルに言われた言葉が脳内でぐるぐると回って、どうしても歯切れが悪くなってしまう。

 私とファンゲイルの様子に、アレンが訝しげに首を傾げる。


「聖属性付与」


 アレンの剣を聖別して、戦いに備える。

 大丈夫、アレンと私なら勝てる。半ば言い聞かせるように、心の中で唱えた。


 ファンゲイルとスカルドラゴンを倒せば、王国を救えるんだ。聖女の結界がなくても、もう攻めてくる魔王はいない。国のみんなは平和に暮らせるし、孤児院の家族だって戻ってきてくれる。そうしたらアレンと一緒に暮らしてもいいな。

 孤児院で、また昔みたいに皆で。アレンと結婚して、孤児院に預けられた子どもたちの面倒を見て過ごすの。だいぶ人間に近い姿になれたから、みんな受け入れてくれるよね。


「分かるだろう? 人間というのは自分の知らないものを恐れるんだ。少しでも姿が違えば、苛烈に攻撃する。そういう生き物なんだよ」


 周りにいる騎士を見渡す。彼らは私のことを得体の知れない魔物だと認識しているのか、声援を送るでもなく冷たい目で見つめている。王子だってそうだ。


「君はもう、人間の国では生きられない」


「お前に何が分かるッ!」


 アレンが突っ込んでいく。

 霊域を使って、アレンの動きをサポートする。動きを感知して、ポルターガイストでそっと後押し。彼の身体は速度を上げ、ファンゲイルに肉薄した。下から斬り上げた剣が、ファンゲイルを狙う。


「聖女ちゃん、君は何も守れない」


「やめて!!」


 ファンゲイルの目が目を閉じて、杖の石突で床を突いた。空気が凍ったように氷が生み出されて、弾丸となった。


「ポルターガイスト、聖結界っ」


 アレンとファンゲイルの距離が近すぎる。アレンはもう攻撃姿勢に入っていて、避けられない。聖結界で氷を止めて、ポルターガイストでアレンを移動させようとした。

 でも、間に合わない。


「アイシクルショット」


「が、あ」


 氷塊はアレンの下腹部に突き刺さった。なんとか致命傷は回避した。

 私はヒールを掛けて、アレンの元へ急ぐ。二人の間に身体を潜り込ませて、庇うように両手を広げた。


「ダメ」


「アイシクルショット」


 氷塊が私の眼前で高速回転する。この距離でこれが放たれれば、私には防ぐ手段はない。


「私はアレンを守る。みんなを守る」


 命すらない私にとって、唯一残った大切なものだから。だから……。


「だから、やめて、ください」


 私は地面にうずくまって嘆願した。


「なら、僕の提案に乗って欲しいな。これは君のためでもあるんだよ」


 ファンゲイルは数歩下がって、スカルドラゴンの足に腰かけた。いつか砦で見た玉座にいるかのように、肘を立てて顎を乗せる。


「僕の物になりなよ。そうしたら、人間たちを助けてあげる。ああ、天使のタリスマンと王族の命は貰うよ」


 ここが落としどころだ、ということだろう。

 彼に対して交渉は無意味だ。ここで私が断れば、王国もろとも滅ぼすだけだ。彼にはその力がある。


 倒れ伏すアレンが、軽く咳き込んでよろよろと起き上がった。


「セレナをお前のものに、だと?」


「アレン、やめて」


「でも、このままじゃあいつに!」


 立ち上がって、アレンに身体を向ける。上手く笑えてるかな。

 ファンゲイルに背を向ける形だけど、彼は待ってくれるみたい。


「アレン、約束覚えてる?」


「やく、そく?」


「うん。私が王宮で、アレンが孤児院で皆を守るっていう約束」


 それは九歳の時に交わした約束だ。

 聖女として王宮に行くことが決まった私を元気づけるために、アレンから提案したんだっけ。別々の場所にいたとしても思いが繋がっていられるようにって。私は、その約束を心の支えに頑張って来た。


「もちろん、覚えてる」


「じゃあ約束を更新しよう? 今度は私が魔王の元で、アレンが王国で皆を守るの。もう二人とも子どもじゃないもんね。それに、私は死んじゃったから、前の約束はもうお終い」


 アレンは泣きそうな顔で、拳を握りしめた。

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