第55話 魔王の要求

「何をしているのだ。お前の仕事だろう、魔物の相手は!」


 王子が顔を真っ赤にしながら喚く。

 魔王の前だというのに随分と余裕だ。それとも、騎士と違って脅威を感じることができないのか。


 私は王子の言っていることが全く理解できなかった。

 殺した相手が魔物になって戻ってきたのに、どうして命令するという思考回路になるんだろう。別に報復で殺そうとか思っていたわけではないけど、謝るか、恐れるか、そういう反応を予想していた。


「私はあなたに殺されて魔物になったんだけど」


「それは貴様が聖女を詐称するからだろう! 死んでも蘇って俺を助けにくる忠誠心は認めてやってもいいぞ」


「はぁ」


 胸の中がすーっと冷えていく感覚があった。怒りを通り越して、呆れるばかりだ。

 王子の醜態に、騎士たちもあからさまに不快そうな顔をした。


「なんで私が助けるの? 隣に本当の聖女がいるんでしょ。私は聖女を詐称する偽物だもんね」


「それは――! こいつは俺を騙したんだ! 子爵が、娘を聖女にすれば皇国との繋がりが強くなるなどと言い出したからで、蓋を開けてみれば何もできない女だったのだ!」


「なっ!? 王子様だって乗り気でしたわ!」


「うるさい! お前が魔法を使えないせいで魔物に侵入されたんだろう!」


 開いた口が塞がらない。

 なんという身勝手な男だろうか。私を偽物と罵ったアザレアにも思うところはあるが、それ以上に王子を許せない。


 私は王子のせいで、未来を奪われたのだ。たまたま死霊となって自由に動けているけど、もう元には戻れない。人間として街で暮らすことも、アレンと結婚することだって不可能だろう。

 それなのに、あろうことかまだ私を利用しようとしてくる。


 こんな男を守るために戻って来たのだと思うと辟易する。

 国を守るという意思は揺るがないけど、王子とは関わりたくもなかった。


 もはやこの中庭で、王子を擁護する者はいない。彼らは皆、魔王の出方を伺っていた。魔王の要求、それと王子の対応によって、王国の未来が決まるのだ。


 ファンゲイルは女性の骨を両手で抱え込み、頭蓋骨に顎を乗せた。骨ドラゴンの上に座ったまま、身を丸める。傍らに立てかけてある杖は、いつでも手が届く距離だ。


「ふふ、なんか面白いことになっているみたいだね。それで、君が王国の代表ってことでいい?」


「そ、そうだ!」


「結論から言うけど、僕はこの国は全部壊すよ。それは決まってる。でもその前に、ある物を持ってきて欲しいんだ」


「ふざけるな! 魔王だかなんだか知らないが、王国に敵対して無事で済むと思っているのか! おい聖女、騎士ども、早くこいつを……ぐふっ」


「うるさいなぁ」


 ファンゲイルが魔力を放出する。ゴズやメズなんかとは比べ物にならない、濃密で暴力的な闇魔力だ。それを直に受けた王子は、目を見開いて喉元を抑えた。

 私は遅れて霊域を発動し、対抗するように聖魔力で中庭を満たした。ポルターガイストをいつでも発動することができる、聖域と融合した魔法だ。


 闇魔力から解放された王子が、ぜいぜいと肩で息をした。


「へえ! 聖女の魔法とスキルを一緒に使えるんだ!」


 たった一瞬で看破するとは。魔法を得意とする魔王なだけある。

 相殺されても気にする様子はない。まったく本気ではなかったということだろう。


 私は油断なく魔力を操作して、ファンゲイルと相対する。結果的に王子を助けることになったのは不服だけど、ファンゲイルに暴れさせるわけにはいかない。


「ますます君が欲しくなったよ。ゴズとメズに倒されるくらい弱いならそれまで、と思ってたんだけどね。なかなかどうして、期待を超えてくれる」


 ファンゲイルは骨ドラゴンから降りて、杖を手に取った。それでも人骨は手放さない。

 ゆったりとした動きで王子に歩み寄る。その様子を、誰もが黙って見ていた。


「でもその前に、僕は探し物があるんだ。君さ」


「く、来るな!」


 王子はずりずりと腰を引きずって後ずさる。隣のアザレアは、先の魔力に当てられて気を失っている。


「天使のタリスマン、ってこの国にあるよね?」


「な、なぜ貴様が秘宝の名を!」


 困惑する観衆の中、王子だけがその名に驚きの声を上げた。

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