第54話 王子との再会
王宮の中庭は剣呑な空気が流れていた。
にこやかなのはファンゲイルだけだ。彼を遠巻きに取り囲む騎士たちは、額に汗を滲ませながらじっと睨みつける。ファンゲイルと、その後ろで座りこむ骨ドラゴンが怖いのだろう。足はがくがくと震え、今にも逃げたそうだ。騎士団としての誇りと責務が、彼らをそこに縛り付けていた。
貴族はほとんどいない。大半の貴族は逃げだし、騎士団と同じく立場上離れるわけにはいかない五人ほどの男だけが、青い顔で立っていた。貴族の中にも序列や上下関係があって、上から命じられれば逆らえないのだ。
私はアレンに向けて合図を出す。これで来てくれるはず。
「ここにいるってことは……そっか、あの二人を倒したんだ」
ゴズとメズのことだ。
人間側は一触即発の雰囲気なのに、ファンゲイルは骨ドラゴンの足に座り込んでリラックスしている。それでも、言い知れぬプレッシャーを放つのは魔王の風格
「それで、聖女ちゃん。君は僕と敵対する道を選ぶのかい?」
「私はこの国を守るよ! 絶対に」
なるべく凄んでみせたけど、ファンゲイルはどこ吹く風だ。
動揺が広がったのは人間側だった。突然現れた魔物の私を訝しんでいた彼らは、『聖女』という言葉を聞いてにわかにざわついた。
そうですよ、あなたたちが見殺しにした聖女ですよ。
とはいえ大した関わりがあったわけでもないので、恨んではいないけどね。
「うーん、惜しいな。僕は君に興味があるんだ。その愛らしい姿もとっても気になる。ファントムではないよね? きっと僕の知らない魔物だ」
白髪で青白い肌をしていることを除けばかなり整った顔をしている彼が、口説いているのかと勘違いするほど甘いセリフを吐いてくる。
だが勘違いしてはいけない。彼の興味は研究対象として、だ。初めて出会った時も、聖女の記憶を持ったまま死霊となった私に興味を示していた。きっと私の身体をいじくりまわす気なんだ!
「そんなことより、さ」
ファンゲイルが私から視線を外して、和やかに微笑んでいた口角をすっと下げた。たったそれだけで、背筋が凍るような恐ろしい表情に変わる。
「ひいっ」
「早く国王を連れてきてよ。いつまで待たせる気なのかな? 僕、早くしてって言ったよね」
「し、しかし王は今動ける状態では……」
ファンゲイルの射るような視線を向けられた貴族が、しどろもどろになりながら答える。
どういうこと? ファンゲイルは王様に用があるの?
王宮に乗り込んでおいて攻撃もせず待っているということは、彼には対話の意思があり、目的を達成できるのなら滅ぼすことはしないのかもしれない。
王国を守る手立てがあるとすれば、その目的次第か。
正直なところ、私の力で魔王に勝つのは難しいだろう。それどころか、後ろに控える骨ドラゴンと戦っても無事で済むか分からない。
とりあえずアレン早く来て。
「じゃあ大臣とかでもいいよ。国王の代理くらいいるでしょ?」
大臣という役職はこの国にはないけど、言いたいことは伝わった。
というより、貴族側ももともとそのつもりだったのか、ほどなくしてその人物が連れて来られた。
そう、第一王子のセインだ。その隣には、聖女を自称する子爵令嬢、アザレアがいた。
「お前ら、何をする! 離せ!」
「ちょっと、何するんですの!」
「申し訳ありません、しかし、そういう要求ですので……」
両脇をがっちりと固めた騎士は、謝りながらも手を離さない。
「お前らは魔王と戦いもせず、要求に従い主を差し出すのか!? 命を懸けて俺を守るのがお前らの仕事だろ。それでも王国民か! 恥を知れ!」
言っていることは真っ当だ。
王子に人望がないのが原因だろうけど、保身のために国王代理を敵の前に差し出す騎士もおかしい。この国の上層部はとっくに腐っているのだ。
暴れる王子と諦めたように項垂れるアザレアは、騎士によって中庭に放り出された。
その光景を冷めた目で眺めるファンゲイル。私は両者の間で様子を伺っていた。
顔を上げた王子と目が合った。
「お、お前は!!」
「あ、分かる? あなたが殺して魔物になった聖女だよ」
隣のアザレアが息を飲んだ。王子は瞠目してわなわなと震える。
そりゃ、覚えてるよね。二人とも、私の首が落ちるまで、あるいは落ちた後も見ていたんだもん。アレン曰く同じ顔らしいから、生前を知る者が見れば一目瞭然だ。
何を思ったのか、王子は目を輝かせて両手を広げた。
「そうか! 俺のために戻ってきたか! よし、では早くその魔王を倒すのだ!」
「はい?」
何を言っているのでしょうか。
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