第50話 霊域

 兵士や冒険者は目の前の敵に精一杯で、加勢は期待できない。私が進化したことにも、数人しか気が付いていないようだ。平地だし、戦闘中だと遠くは見えないからね。もっと高く飛べば存在を周知できるけど、今はメズに集中しよう。


「アレン、防御は任せて」


「ああ」


「聖属性付与……これで良しっと」


 アレンの剣を検めて聖別する。進化したことでより強い付与を行えるようになったので、魔力を全力で注ぎこみ、刃を満たした。淡く白い光を放ち、魔物を容易く切り裂く剣となった。メズはアンデットではないが、かなりの威力を発揮するだろう。


「度胸は認めるが……所詮は人間。それも武芸の心得もないと見える」


 メズがすっと目を細め、身体を少しだけ前に傾けた。

 それが攻撃だと理解するのに、一拍かかった。


「――ッ! 聖結界!」


 スキルは使っていない。なのに、いやだからこそ、今までで一番早い突きだった。

 脱力した状態から、気が付けば眼前に穂先が迫っていた。慌てて展開した聖結界が、辛うじて攻撃を阻む。


 聖結界に穂先が触れた瞬間、メズは深追いせずすぐに槍を戻した。

 アレンが剣を上段に構える。


「はぁあああ!」


 カールと違ってアレンは剣術を学んだことはない。私から見ても型が崩れているのが分かるけど、気迫は十分だ。アレンは躊躇うことなく、メズに突っ込んでいく。私を信頼しているのか、覚悟ができているのか。


 だが、そんな付け焼き刃で敵う相手ではない。


「笑止」


 メズは最小限の動きで、アレンの目の前に槍を置いた・・・。彼の達人技は完全に虚を突き、攻撃されたことを気づかせない。

 全力で斬りかかったアレンは自ら首を槍に近づけていく。


「ポルターガイスト」


「ほう」


 闇魔力を操ってアレンを掴み、私の方に引き寄せる。ほんと便利なスキルだね。

 メズの方にも放ったけど、魔力を纏った腕で軽く払って無効化された。ゴズに使った時は全身に魔力を滾らせて無理やり突破してきたけど、技量のなせる技だろうか。


「悪い!」


「ううん、慎重に行こう。私も本気出すよ!」


 聖域とポルターガイストを発動する。

 聖、闇両方の魔力を空中に放出し、辺り一帯を私の魔力で満たした。進化によって魔力の感覚が研ぎ澄まされ、今ならポルターガイストでペンを持って文字を書けそうだ。


 あふれ出る魔力をふんだんに使用して、私が戦いやすい環境を整える。


「なんだこの魔力は……!」


 本来、聖域は聖属性の魔力を放出して魔物の動きを鈍らせる魔法である。

 だがそこにポルターガイストを融合して展開することで、聖域内であれば即座に、かつ好きなように物を掴むことができるようになった。


 スキルと魔法の融合。今まで別個で使っていた魔物としてのスキルと、聖女としての魔法が一つのものとして自在に扱うことができる。

 これが聖霊の力。聖属性を持つ魔物・・・・・・・・という、特殊な存在。


 魔物の身ながら『聖女』のギフトによって魔法を使っていた頃とは違う、本当の意味で聖魔力を扱えるようになったのだ。


 この空間に名前を付けるとしたら……。


「霊域、かな」


「面妖な術を使いおって。ダークスパイク!」


 メズは今、聖域とポルターガイストによって二重に負荷がかかっている状態だ。それでも、私やアレンよりは数段早い。

 だが、物に触れることができるポルターガイストの魔力は、霊域内の動きを事細かに伝えてくれる。


「聖結界」


「はッ!」


 強度を最大まで上げた結界が、容易くメズの槍を受け止めた。それに合わせて、結界の脇から飛び出したアレンが横薙ぎに剣を振るう。

 メズは小さな魔力を左拳に纏って、それを防いだ。繊細な魔力操作だが、鎧のように硬い。ゴズのように大雑把な使い方をしないのは技量が高い代わりに魔力の出力が高くないからだろうか。


「まだまだァ!」


 アレンが怯まず、我武者羅に連撃を加える。

 剣の間合いで槍を突くことはできない。メズは余裕をもって剣を防いでいるが、攻勢に転ずるには間合いを離す必要があった。


「我はファンゲイル様の配下一の武人、素人に負けるなど、あってはならぬのだ」


 メズはアレンの剣を大きく弾いて、その隙にバックステップで数歩分下がった。槍を引き絞り、一角槍ユニコーンを発動する。


「それを待ってたよ! ファイアーボール、ホーリーレイ」


「この程度……ッ!」


 炎熱効果を付与することによって、疑似的にレイニーさんのホーリーレイを再現する。

 メズは槍をくるりと回して、光線を切り裂いた。渦巻く闇魔力にかき消されて、これもダメージには至らない。


 けど、目的はヒットさせることじゃない。


「槍を使ったな」


「なぬ!? いつの間に後ろに……!」


 メズの瞳が驚愕に開かれる。

 無理もない。アレンはつい先ほどまで正面にいたのだ。バックステップで大きく距離を取ったはずなのに、背後から現れた。


「ポルターガイスト」


 派手なホーリーレイによって視界を遮り、ポルターガイストで高速で移動させる。霊域によって自在に魔力を操作できるからこその芸当だ。


 一人では無理でも、二人なら達人相手でも隙を創り出すことができる。メズの背後を取ったアレンが剣を突き立てた。


「終わりだ!!」


 私もポルターガイストで動きをサポートする。

 メズの防御は間に合わない。聖属性の魔力を集中させ、魔力による防御も妨害する。


 メズの胸元から、銀色に輝く刃が顔を出した。


「見事、なり」


 剣を抜く。一拍遅れて血が噴き出した。

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