第49話 ついに人型へ……!

『セレナ……どうかお元気で』


『助けていただきありがとうございます』


『がんばれー!』


『聖女様、どうかお救いください』


『聖女様……』


 ファントムへ進化する途中、無数の声が頭の中に流れ込んできた。

 直感で、これは国中の人々の声だと分かった。私はもう魔物の身なのに、こうやって思ってくれる人がいることが、涙が出るくらい嬉しい。


『進化条件が新たに達成されました』


(え、進化条件?)


『必要条件:聖魔力、特殊条件:祈り』


 天使様が淡々と、新たな条件を告げる。

 祈り。そうか、それでさっきから、人々の気持ちが集まってくるんだ。王国のみんなが、今この瞬間私に祈ってくれてるんだ。


 力が溢れてくる気がする。時間がゆっくりと流れ、身体が作り替わる。人間だった時は決して味わうことのなかった、種族の進化。


 応援が、気持ちが、祈りが、私の身体に流れ込んで澄んだ水のように指先まで満たしていく。


 人間の子ども程度だった体躯は、生前と同じ背格好まで光り輝きながら伸び、白い肌が露出した。髪がふわりと首元を撫でて垂れ下がった。

 レースの付いた白いカーテンをそのまま巻き付けたようなドレスが、胸元から下を覆って後ろに靡いた。足はなく、ドレスの裾がひらひら揺れるのみだ。


『進化が完了いたしました。種族……』


 感覚が研ぎ澄まされていくようだ。

 魔力も、聖、闇ともに各段に増えている。生前には及ばないけど、今なら王都くらいなら結界で覆えるかもしれない。ポルターガイストなら一日中発動することすらできそうだ。


 ファントムがどういう魔物だったのかは分からないが、特殊条件を達成しただけあって今までにない成長をしている。勝手に決まってた気がするけど、こっちで良かった。


 天使様が、生まれ変わった私の種族名を告げる。


『聖霊』


ヒール・・・!」


 進化が終了したと同時に、私を庇って傷を負ったアレンに回復魔法を飛ばした。込める魔力やギフトによって効果が大きく変わる魔法だ。『枢機卿』がホーリーレイで全てを焼き払うように、『聖女』がヒールを使えば四肢の欠損すら瞬時に癒す。


 メズの槍によって空いた大穴はたちどころに塞がって、血が止まった。今にも倒れそうだったアレンはぽかんと口を開け、腹をさすった。


「アレン、お待たせ! 痛かった?」


「いや、全然。おせえよ」


 またまた、強がっちゃって。

 からかうように笑うと、アレンはむすっとしてそっぽを向いた。そしてすぐに噴き出した。釣られて、私もまた笑う。


 久々に声を出した。アレンとまた話せて嬉しいね。


「なんだ、その姿は」


 メズが槍を構えたまま警戒を露わにした。


「可愛いでしょ」


「レイスがそのような魔物に進化するなど、聞いたことがない。いや、その姿は魔物というより……」


 自分の顔は見えないから分からないけど、腕は半透明であること以外普通の人間のそれだ。髪もそう。

 かなり人間に近い姿になれたんじゃない?


「セレナ、言いたいことはたくさんあるが、後だ」


「うん、分かってる」


 アレンの背中に飛びつきたくなるのをぐっと堪え、メズを睨みつける。私は進化してCランク、メズはBランクだ。未だ格上だが、聖属性の魔法があればきっと勝てる。


「とりあえず一つだけ……髪、跳ねてるぞ」


「うそ!?」


 慌てて両手で髪を整える。えー、わかんない。どこ?


 アレンがくつくつと喉を鳴らすのを見て、からかわれたのだと分かった。さっきの仕返しかな。ひどい。


「多少特異な姿になったとて、所詮は死霊。我の敵ではない。ダークスパイクッ!」


 メズはもっとも得意とする攻撃で、速攻を仕掛けてきた。発動の早いスキルで、アレンを狙い打つ。

 そこで私じゃなくてアレンを狙うあたり、だいぶ警戒してるよね。怯えていると言い換えてもいい。


 私はアレンを守るように聖結界を張った。速度も強度も、レイスだったころの比ではない。斜めに展開することでメズの槍を受け流し、アレンの横を通り過ぎた。


「それと……可愛いぞ」


「え?」


 ぼそっと呟いて、メズに斬りかかっていった。メズは槍を受け流して体勢が崩れた状態だったが、部分的に闇魔力を纏う技術で即座に防御される。


 待って、今可愛いって言った?

 アレンくん、いつからそんな甘い言葉を吐くようになったの? もしかして私と会わないうちに女慣れしちゃった?


「ホ、ホーリーレイ」


 大混乱の私は、とりあえずホーリーレイで追撃。これも容易く弾かれた。

 メズとの決戦は、なんとも締まりのない雰囲気で始まった。


 アレンの横顔は真っ赤だった。

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