第48話 ex.それぞれの祈り
起死回生の進化が行われた時、各所でセレナのことが話題に上がっていた。
『聖女』セレナが生まれ育った孤児院の次代を担う子どもたちは、神官が警護する馬車で皇国へ向かっていた。
「あれん……大丈夫かな」
「一緒に来ればよかったのにね!」
特別に用意された緩衝材の上で足をばたつかせるのは二人の女の子、ミナとレナだ。その隣では、ロイが身体を丸めて寝息を立てている。麻袋に布を詰めただけの簡素な緩衝材だが、小さな身体を守るのに一役買っていた。
客人だからと最も豪奢な馬車に案内され、シスターは恐縮していたが子どもは呑気なものである。状況もあまり理解していないので、ちょっとしたお出かけとでも思っていそうだ。
「こうこくって楽しいかな?」
「楽しいとおもう!」
ミナが尋ねれば、レナが溌剌と応える。もっとも会話の内容は何でもよく、暇つぶしに話しているだけだ。
先日までは『枢機卿』レイニーも共に搭乗していたのだがどこかへ行ってしまった。彼女の経験談はおとぎ話のようで、子どもたちは目を輝かせて聞いていた。
「かみさまがいるって」
「天使もいるって言ってたよ!?」
「すごい」
「お城もきらきらしてたもんね!」
「せれなお姉ちゃんも天使になってるかも。だって聖女様だし」
「きっとそうだよ! 優しくて可愛かったからね!」
出発してから就寝中以外はずっとこの調子で、元気に過ごしている。疲れを見せないのは助かるが、少々やかましい。
この馬車に乗るのは御者と孤児院の面々だけではないのだ。
シスターのエリサは疲れた表情で、正面に座る男性に頭を下げる。
「騒がしくて申し訳ありません」
「いえいえ、お気になさらず。子どもは元気が一番ですから。私が降りる街もそう遠くありませんし」
「そう言っていただけると助かります」
彼はとある街を拠点に行商を営む商人で、魔物に襲われているところを神官に保護されたらしい。安全な地区まで相乗りすることになったのだ。
「えりさ、せれなお姉ちゃんはどんな人?」
舌ったらずなミナが、上目遣いで尋ねる。
セレナが聖女として教会に入った時は、三人はまだ幼かったため一緒に暮らしたことはないのだ。たまに様子を見に来る時に優しくしてもらった記憶はあるが、その程度の繋がりである。
レイニーに彼女の死を告げられた時も、あまり実感が湧かなった。ただ漠然とした悲しいという気持ちが涙に代わり、怒るアレンを前におろおろしていただけだ。
「そうね、人のために頑張れる、優しい子だったわ。弱虫で臆病なのに、家族を守るためなら絶対に逃げないの。カールが肉屋の子どもと喧嘩して負けた時も、真っ先に飛んでいったわ」
返り討ちにされてアレンに慰められていたけどね、と懐かしむように笑う。もう会うことができない、大事な娘の話だ。思い出ならいくらでも出てくる。
忘れることがないように、そして子どもたちの心に少しでも残るように、思い出話を紡ぐ。子どもたちは黙ってそれを聞いていた。
「素晴らしい女性ですね」
エリサが言葉を詰まらせたタイミングで、商人の男が口を挟んだ。
「不躾ですが、今その女性は……?」
「亡くなりました」
「そうですか……」
男は目を閉じ、ギフテッド教の作法に基づいて祈りを捧げた。
「私も先日、心優しい方に会いましてね。ゴーストの姿をしていたのですが、魔物から私を守ったのです。その時は怯えてしまいましたが、その方は確かに身を挺して私を救い、手を差し伸べました」
「ゴーストが人を?」
「ええ。私の故郷では、人間は死ぬと死霊になると言い伝えがありました。……っと、今のは内緒でお願いしますね」
ギフテッド教の教義では絶対に許されない言い伝えだ。
地方の伝承を根絶やしにしようとするほど狭量な宗教ではないが、大っぴらに言うことではない。
「あのゴーストも、生前はその女性のように心優しい御仁だったのでしょうね。その女性も、きっとどこかで元気にされていますよ」
「だと、良いのですが」
「祈ればきっと、届くはずです」
エリサと男は、無言で目を閉じた。ミナとレナもそれに倣い、いつの間にか起きだしていたロイも続いた。
馬車の中が、五人の祈りで満たされる。
「あのオバケはどこにいったの?」
「彼女は戦いに行ったのでしょう」
ところ変わって、王都付近の街道。
『枢機卿』レイニーが背負う赤毛の少年が、薬草をしっかりと握り直した。
「なんで?」
「大事な人を守るためですよ」
軽い口調で少年に答えながら、通りがかったスケルトンをホーリーレイで仕留めた。
この子どもを母が待つ農村まで届けるまでは、手を抜くつもりはない。残り少ない魔力を何とかやりくりしつつ、先を急いだ。足の痛みは無視だ。
「大事な人を……」
「あなたもそうでしょう? お母様を助けるために頑張ったではありませんか」
「でも、僕だけじゃ帰れなかった」
彼は危うくスケルトンに襲われかけ、ゴズの斧に掛かるところだった。
レイスやレイニーがいなければ命はなかっただろう。
「いいのですよ。人間なんてそんなものです。わたくしだって、神からギフトなんて大層なものを頂いても、大切な少女一人守れないちっぽけな女です」
「おばさんでも……?」
「次その言葉を吐いたら降ろします」
背筋が凍る。
思わず息を飲んだ少年に、すぐに弛緩させた表情でレイニーは続けた。
「人間、一人じゃ何もできないんですよ。大切なのは、まず動き出すことです。誰かを守ろう、誰かのためになりたい、そういう強い気持ちで自ら行動することができれば十分なのです」
その点で、あなたは合格ですね、と笑いかけた。
「行動……」
「どれだけ不格好でも、無計画でも、まずは一歩踏み出すことが大切です。その行動が他人に認められれば、周りが勝手に応援してくれますから」
母親を助けたい。僅かな財産も底を突き、それでも強がる母を救いたいがために村を飛び出した少年は、その言葉を深く心に刻み込んだ。
「あのオバケも?」
「はい。現に、あなたを助けることができました。わたくしの力を借りて、ね。そして今度は、国を守ろうとしています」
「国を」
「それは到底、一人でできることではありません。」
「僕に何かできる?」
「簡単ですよ。頑張れ、そう口にするだけです」
年端も行かない少年に、出来ることは少ない。魔物と戦い国を守るなど、不可能だ。
だが、レイニーは一言応援を口にするだけで良いと言う。少年は大きく息を吸い込んで、青空を仰いだ。
「がんばれー!」
「ほう、身を投げだしてそのレイスを守るか」
「あたり、まえだ。こいつは俺の婚約者だからな」
アレンの腹には、深々と槍が刺さっていた。即死は免れたが、
意識が薄れていく。
「その意気や良し。武人に敬意を表して、次の一撃で終わらせてやろう」
ああ、ここで終わりなのか、とアレンは腹に手を当て、おびただしい量の出血を確認した。痛みはもはや感じない。
自分も死んだら魔物になってセレナの隣に並べるのだろうか、などと場違いな想像を巡らせる。
「セレ、ナ。あとは頼んだ……」
アレンは婚約者であり、幼馴染であり、『聖女』でもあるセレナに、最後の望みを託した。
彼だけじゃない。魔物の侵攻を知った国中の者がギフテッド教、ひいてはその中核にいると噂される聖女に、祈りを捧げた。
彼女を直接知る者は、死を悼んだ。魔物だと知った上で、盛栄を願った者がいた。
『進化条件が新たに達成されました』
その言葉が、アレンにも聞こえた気がした。
「
背後から、声がした。
「アレン、お待たせ! 痛かった?」
「いや、全然。おせえよ」
あはは、と底抜けに明るい声が戦場に響いた。
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