第51話 終結

「か、勝った」


 メズが膝をつき、そしてうつ伏せに倒れた。彼の背に隠れて見えなかったアレンが、呆然と剣を下ろす。カツン、と地面に切っ先が当たった。

 ゴズ以上の強敵だった。聖霊への進化がなければ到底敵わない相手だった。


「はは、まだ手が震えてる」


 アレンは凡人だ。ギフトもないし、剣術もままならない。それでも私の隣にいて、最前線で敵の指揮官を討った。それは誰にでもできることじゃない。

 スケルトンとも、ゾンビの腐肉とも違う、生身の肉体を斬った感覚がアレンの手に残っているのだろう。


 アレンは手を握ったり開いたりしながら、倒れ伏すメズに視線を落とした。


「アレン、ありがとう」


「ん? いや、ほぼセレナが倒したようなもんだろ」


「ううん、アレンが来てくれなかったら負けてたよ」


 アレンが庇ってくれたおかげで、魔物を倒して進化することができたのだ。出鱈目にホーリーレイをばら撒いて進化レベルまで到達できたのは運が良かったけど、アレンがいなかったらそもそも可能性すらなかった。


 トドメを刺したのだって、アレンの剣だ。必要な時に隣にいてくれたし、私のことを信頼してポルターガイストに身を任せてくれた。


「とりあえず、人間らしい姿になって良かったよ。足はないけど、喋れるし、顔もセレナのまんまだ。これならカールも信じてくれるだろ」


「あ、生前と同じ顔なんだ」


「ああ。なんか髪は光ってるけどな」


どういう原理か分からないけど、容姿が変わらないのは良かった。

 ゴーストの種族スキル『ケラケラ』と同じで、肉体はないのに声は出せる。身体は足がないこと以外は、生前とあまり変わらないように感じた。


 自慢だった夜空のような髪は、毛先まで聖属性で満ちてキラキラ輝いている。


「さて、もっと話していたいけど、まずはこの戦いを終わらせないとね」


 幹部を除けばトップクラスのゴズメズは倒した。指揮官を失ったからといってアンデットの動きが止まることはないが、残りは烏合の衆だ。


 ちらりと辺りを見渡すと、ちょうど『破壊王』ニコラハムが門番スケルトン改めスケルトンジェネラルを倒したところだった。あの魔物も頭一つ抜けて強かったはずなのに、やっぱ冒険者はすごいね。

 他の冒険者も、既にスケルトンナイトを討伐していた。あとは掃討戦である。


「そうだな」


 アレンが緩んだ表情を引き締めて剣を構えた。


「大丈夫、私に任せて」


 アレンはもう十分戦ってくれた。聖魔力の塊をぶつけ、ヒールを掛ける。ヒールは怪我以外にも疲労や寝不足も解消するから便利だ。

 きょとんとする彼をおいて、空へ飛び上がった。


「おお、聖霊は結構高く飛べるね」


 たぶん二階建て孤児院の屋根より高いんじゃないかな?

 空から戦場を俯瞰する。何人かが私に気が付いて、空を見上げた。


「うへぇ、まだまだたくさんいるね……でも、今の魔力なら」


 街道とその周辺は、アンデットで埋め尽くされていた。視界一杯に広がる死者の集団は、現実味がなくてなんだか絵画を見ているみたい。虚ろな目で声も上げずにひたすら行進する魔物とそれを迎え撃つ人間という戦いは、既にかなりの時間が経った。

 『不死の森』から出てくる魔物はもういないみたいで、ひとまず見えている敵を倒せば大丈夫そうだ。


「聖結界、ソウルドレイン――吸魂結界」


 イメージするのは、礼拝堂。

 ドーム状の結界で、戦場を丸ごと包み込んだ。聖女時代に常時展開していたから、結界の制御はお手の物だ。

 今回はそれに、ソウルドレインの効果を追加する。


 『聖魔融合』、それが聖霊になったことで取得した種族スキルだった。


「いただきます!」


 聖属性の魔法は、人間に悪影響を及ぼさない。

 ソウルドレインの対象になるのは魔物だけだ。肉体との結びつきが弱いアンデットの魂は外部からの影響を受けやすいので、吸魂結界によって容易く引き離された。結界内にいる数千の魔物から、ヒトダマの青い光が浮かび上がる。


 魂の抜けた身体は、ただの死体だ。低位の魔物は何の抵抗もできず、物言わぬ骸となって地面に転がった。

 空中を漂って、大量の魂は私が掲げた手に集まってくる。青い蝶が舞うような幻想的な光景に、人間たちは手を止めた。


「さすがにエアアーマーには効かないみたいだけど……十分だね。ごちそうさまでした」


 残ったエアアーマーも、霊域を展開していつもの要領で兜を引きはがした。

 長い戦いは、呆気なく終わりを迎えた。


「ヒール火の息――癒しの息吹」


 続いて、人間たちに向けて回復魔法を発動する。火の息をベースにしているから、暖かい風のように感じるはずだ。

 彼らの軽いケガと疲労を、風と共に吹き飛ばした。


「セレナ!」


 地面に降りると、アレンがすぐに駆け寄って来た。

 その後ろにはカールとニコラハムが続く。他の兵士はどう接するか決めあぐねているのか、遠巻きに眺めていた。まあ突然現れた死霊が魔物を一掃したら、誰だって警戒するよね。


「今のなんだ? 強すぎるだろ」


「やってみたらできたって感じだよ!」


 弱い魔物相手だから通用しただけだけどね。

 聖女時代にはもっと手軽にアンデットを倒せたから、これでも全盛期には及ばない。魔物のスキルが使える分汎用性は上がったけど、聖女のように無尽蔵に魔力があるわけじゃないからね。


「セレナ、なのかい?」


「あ、カール。お久しぶりです……?」


「なんていうか、元気そうで良かったよ。アレンが言っていたのは本当だったんだね」


「死んでるけどね!」


 冗談のつもりで言ったら、アレンとカールが泣きそうな顔になった。今の生活割と気に入ってるから、勝手に憐れまないで欲しいな。


「にひひ、元人間の魔物ってことっすか? 面白いっすね」


 ニコラハムは、特に気負いもせず頭の後ろで手を組んでいる。この人よくわからないね。

 でも、普通に接してくれるのはとてもありがたい。今まで会った人間には怯えられてばっかりだったから。


「魔物は全部倒したっすか?」


「うん!」


「じゃあ、俺らの勝ちっすね」


 ニコラハムがニヤリと笑った。それを見て頷いたカールが、勝鬨を上げる。

 兵士たちが、一斉に剣を掲げて叫んだ。街を守り切ったのだ。彼らは戦闘の高揚感そのままに、肩を叩き合って喜びを分かち合った。


 でも、私とアレンだけは表情が硬かった。

 王都の方を向いていたのは、私たち二人だけだったのだ。だから、気づけた。


「あれは……」


「ファンゲイルだね、たぶん」


 王都の上空に、空飛ぶドラゴンの骨がいたことに。

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