第43話 決着

「よろしくお願いしますね。子ども好きのレイスさん?」


 聖女とは呼んでくれない。でも、攻撃もされない!


 教義に厳格なレイニーさんが魔物である私に笑いかけているなんて、神官の人たちが見たら腰を抜かすだろうなぁ。魔物と遭遇したと思ったら次の瞬間には攻撃しているような人だもん。


 馬車で皇国へと向かったはずの彼女がなぜここにいるのか。


「あなたはあの時のゴーストなのでしょう? 聖属性を扱える魔物など、そういるはずがありませんから。商人の方に伺いました。スケルトンから救っていただいた、と」


(そっか、あの時は怯えてたし見習い神官ちゃんが杖を向けてきたけど、後から庇ってくれたんだ……)


 ギフテッド教の神官に対して魔物を庇う発言をするとは、ありがたいけど少々問題なのではないだろうか。


「他にも、道中にホーリーレイで倒されたと思われるスケルトンが転がっていました。状況を把握するには十分な証拠です。わたくしにとって、あの方・・・の魔力は特別ですから」


 レイニーさんは教義を重んじる反面、柔軟な思考の持ち主だ。皇国に行かず王国を守るという私の無茶な願いにも全力で応えてくれた。私が死んだ後は孤児院の子どもたちを引き取って皇国へ引き取ってくれた。


 アレン同様、彼女ならきっと分かってくれるって思ってた。

 まだ子どもだった私を一人前の聖女にしてくれた、師であり母だもん。


「ふん、人間が一人増えたところで、儂の敵ではないわ!」


「話は後ですね。まずはあの魔物を排除します」


「あはは!」


 ついさっき返り討ちにあったのはもう忘れたのかな。

 ちょっとの付き合いだけど、ゴズには思慮深さというものはないらしい。レイニーさんとは大違いだね! 私とも……いや、私も変わらないかもしれない。


「おばさん、助けてくれるの?」


「おば……? ご、ごほん。そうですね。わたくしとそこのオバケが助けますよ。ですから、少しの間だけじっとしていてください」


 一瞬険しくなった目をすぐに弛緩させて、少年に微笑みかけた。少年は薬草をきつく抱き寄せ、私の腕の中で丸くなった。


 どうしよう、この状態だとスキルが使いづらいんだよね。さっきは結局放り出しちゃったし……背負った方がいいね。どの道触れることはできないんだけど、身体のイメージに沿った方が操作しやすいのだ。


(よし、攻撃はレイニーさんに任せて私は防御に集中しよう!)


 結界と回復のスペシャリストである、聖女。

 神の元正義を執行する、攻撃特化の枢機卿。


(行ける! ――聖域)


 魔物を弱体化させる空間を作り出す聖女の魔法を使い、ここら一帯を聖属性の魔力で満たした。

 消費魔力が大きい分、その効果は絶大だ。


「む……」


 ゴズが不快そうに顔を顰める。きっと身体から闇魔力が抜けていくような感覚があるはず。私も、聖域がある間は種族スキルが使いづらい。

 反面、レイニーさんは軽やかに後ろ髪を払った。


「気持ちいいですね。ホーリーレイ」


 空気に聖属性の魔力が充満している状況は、聖職者系のギフトを持つ者にとっては春の陽気に包まれているようなものだ。さらに、聖属性の魔法を使う時には空気中の魔力が作用して効果が大きくなるの。


 元は私の魔力だから自身も魔法には意味がない。だけど、もし仲間がいるなら。


「くっ、ダークスイング!」


 ホーリーレイに対抗するため、闇魔力を纏った斧で身体を隠した。私のホーリーレイは容易く弾かれたけど、使い手が違う。そして、聖域によってその威力はさらに跳ね上がっている。


「なぬ!?」


 細い光線が、ゴズを大斧ごと貫いた。斧は欠け、破片が辺りに散らばる。


「かっはっ」


 ゴズの口から掠れたうめき声が漏れた。腹に風穴を空けたホーリーレイは、そのまま後ろの大木すら貫通した。

 私が全力で放ってもこうはならない。ホーリーレイに物理的な熱量を付加できるのは『枢機卿』たるレイニーさんだけだ。


「あら、威勢の割にすぐ終わりそうですね」


 レイニーさんは優雅に微笑むと、見えない壁に絵を描くように右手の指を躍らせた。指先が線を一本引くたびに、ホーリーレイがゴズに飛んでいく。


「儂はファンゲイル様の配下一の武闘派、ゴズじゃぞ……!」


「そう。それは……案外魔王の配下も大したことないのですね。楽できそうです」


「舐めるなァ!!」


 ゴズは目をかっと開き、怒号を上げた。全身から闇魔力を放出し黒い煙のようなものが溢れてくる。

 私のポルターガイストから逃れた技だ! レイニーさんのホーリーレイも、無効化とまではいかないけど軽く傷を付ける程度に留まっている。


 でも、あれだけ相当魔力を消費するはずだ。Bランクといえど魔力は有限。おそらく長くは持たない。

 ゴズは大斧を振りかぶり、地面を蹴った。短期決戦のつもりだ。


「ほう……では出力を上げましょうか」


 レイニーさんは細いホーリーレイの連射をやめ、二本指を揃えてゴズに向けた。魔力を一拍溜め、今までよりも太いホーリーレイを放った。


牛鬼斬ぎゅうきざんッ!」


 ゴズは上位のスキルを発動し、ホーリーレイによって欠けた斧を闇の刃が補う。ホーリーレイは弧を描く闇の刃に弾かれる。瞬く間に肉薄したゴズが斧を振り上げた。


「終わりじゃ!」


 レイニーさんは目を閉じ、両手を胸の前で合わせた。

 防御も回避もしない。ゴズが勝利を確信したように、にやりと口元を歪ませた。


(破邪結界……二重で)


 防御は、私の役目だ!


 ゴズの牛鬼斬は非常に強力で、完全に止めることはできない。二重の破邪結界があっても、もって十秒。

 十秒でゴズを返り討ちにするのは不可能だ。私一人だけだったらね。


「民に救いを。魔に滅びを――ジャッチメントホーリー」


 レイニーさんの前で十秒も隙を晒せば、待つのは破滅のみだ。


 彼女の魔法は天から裁きの鉄槌を下す。轟音とともに雲を切り裂いて降りてきた光の柱が、ゴズの全身を包み込んだ。


「が、がぁあああ!!」


 どさり、と斧が落ちた。


「身体が焼ける……なんじゃこの痛みは!」


 膨大な光の放流の中で、黒い影だけがもがき苦しむように動いていた。

 ジャッチメントホーリーに囚われた魔物は、二度と外に出ることは許されない。その存在が消滅するまで、神聖な魔力が身体を蝕み続けるのだ。


「終わりですね」


「ファ、ファンゲイル様ぁああああ!」


 ゴズは最後に魔王の名を叫んで、息絶えた。


 私と、私を信じてくれたレイニーさんの勝利だ。

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