第42話 ex.破壊王

 魔物襲撃の報せを受け、街中から兵士と冒険者が集まっていた。

 その数は前回の比ではない。兵士二百名、冒険者約百名の大所帯だった。騎士団こそ非協力的だったものの、アレンのもたらした情報によって迅速に招集することができたのだ。


 この国でもっとも人口の多い王都……そこを守護する騎士団は多くがギフト持ちで、参戦していたらかなりの戦力になっていたのだが、言っても栓の無いことだ。

 魔物討伐のスペシャリストたる冒険者が百名も集まったのだから、喜ぶべきだろう。


「見えてきたな」


 兵士の一団を率いるカールが、アンデットの軍勢を遠目に見て呟いた。彼は前回の功績を理由に、先遣隊を担当することになった。もっとも危険な役割でもある。隊長の一人とはいえ若輩のため権力も弱く、疎ましく思う者も多いから命令に逆らうことができなかったのだ。


「アレン、セレナはどうしたのかな」


「それが、様子を見に行ったきり……ていうか、信じてくれてるのか?」


「本当だったらいいな、とは思っているよ。どっちにしろあのレイスには助けられたみたいだからね。本当にセレナかはともかく、そう呼称することにするよ」


 先遣隊にはアレンも参加していた。

 アレンは先日まで剣を握ったことすらなかった男だ。得意なことといえば家事と子どもの世話くらい。愚直で不器用な、凡人だ。だが聖女を幼馴染に持ち、こうして王国と魔王の激突という大事件の中心に立つ、数奇な運命にある。


「まあ、やれるだけやるさ」


 若く身体能力の高い者を中心に、約三十名の兵士がカールとともに最前線に立っていた。前回よりも多いが、敵はもっと多い。斥候による偵察でも全貌が明らかにできないほどだ。


 本隊の準備が整うまでの時間稼ぎ。しかし多勢に無勢では、いったいどれだけの犠牲が出るか。


 だが、兵士たちの士気は上々だった。彼らの記憶に新しい、先日の大勝。レイスが逃走した後、彼らは戦闘の高揚感そのままに勝鬨を上げ朝まで飲み明かした。

 戦闘に参加した者は武勇伝を言って聞かせ、運悪く(あるいは運よく)参加しなかった者は次こそは自分が英雄になるのだと意気込んでいた。


 その中でカールだけは変わらず難しい顔をしていた。


「にひひ、そんな硬くなったって勝てないっすよ。カールくん」


「ニコラハム……そうだね。僕についてきてくれる皆のためにも、しゃきっとしないと」


「そういうところっすよ。相手は魔物なんすから、適当にやるくらいで丁度いいっす」


 ニコラハムと呼ばれた空色の長髪を束ねた男は、カールの横にあぐらをかいて座った。なんとも緊張感のない様子だが、口元は獰猛に歪められている。


 ふと振り向くと、彼の少し後ろには大勢の冒険者がいた。兵士すらも凌駕する人数に、カールは思わずたじろぐ。


「はぁ。さすが『破壊王』の胆力といったところかな。君がこのタイミングで街にいてくれてよかったよ」


 『破壊王』というギフトを持つ、高位の冒険者だ。倒した魔物は数知れず、王国に住む者ならば一度は耳にしたことのある有名人だ。

 細身な外見に騙されてはいけない。その気になれば拳一つで石壁すらも打ち崩す。系統の違いから単純に比較することはできないものの、『枢機卿』と同格とも言われるギフトだ。


「たまたまっすよ。にしても、兵士は準備が遅いっすねー。冒険者はこのとおり、いつでも戦える状態っす」


 冒険者たちは適度に散開しながら、軽い調子で雑談に興じていた。その立ち姿に油断は一切なく、たとえ背後から不意打ちされても対応して見せるだろう。

 烏合の衆ではあるが、それぞれが自分の責任と覚悟を持ってここに立っている。


 もっとも名が通っているのは『破壊王』ニコラハムだが、指揮系統があるわけではない。だが、目的は一つだ。


「にひひ、魔物の相手は俺ら冒険者が専門っすからね。言っておくと、時間稼ぎなんてするつもりないっすよ」


「というと?」


「さっさと殲滅して手柄は全て冒険者ギルドのものってことっす」


 人差し指をぴんと立てて、悪戯っぽく笑った。

 彼とは仕事で数回関わっただけのカールであったが、この人懐っこい笑みですぐに仲良くなったことを思い出した。


「……それは、負けてられないね」


 カールは震える手を、剣の柄を握りしめることで無理やり止めて苦笑した。


 アレンもこくりと頷く。聖女セレナの意思を継ぐのは自分しかいないのだ。相手が恐ろしい魔物だろうと、止まっている場合ではない。


「んじゃ、軽く倒しますかー」


 兵士、冒険者、魔物。ついに激突の時がやってきた。

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