第41話 共闘

「なんじゃこの鎖は……!」


「魔物の分際で、言葉を話すようですね。――縛り上げなさい」


 細く白い指で糸を手繰るように宙をなぞったのは、純白の法衣を纏う女性。木々がなぎ倒され土埃の舞う森の中で唯一、穢れのない存在感を発する存在。


(レイニーさん!!)


 先立って皇国へ向かったから、ここにはいないはずなのに。


「儂が動きを封じられただと?」


「神聖な気配を感じて来てみれば、随分と大柄な魔物がいたものです。とはいえ、私の聖なる鎖グレイプニルには手も足も出ないようですが」


 戦闘能力、特に魔物と戦う能力においては『聖女』すらも超える『枢機卿』によって生み出された鎖が、ゴズを締め付ける。

 ゴズは顔を真っ赤にして動こうと藻掻くが、巻き付いた白い鎖がそれを許さない。


 聖なる鎖グレイプニル……レイニーさんの誇る強力な魔法だ。彼女の魔力で生み出されたそれは、実体を持って対象を縛り付けるのだ。聖属性を帯びており、レイニーさんによって自由自在に動く。


(今のうちに少年を助けないと! ポルターガイスト)


 少年は膝を抱えて目を堅く瞑っている。ポルターガイストで彼を掴み、直前で停止している斧に当たらないように、慎重に移動させる。


 君は頑張ったよ。えらいえらい。そう意思を込めて、回復魔法をかけて上げる。私が雑に放ったせいでちょっと擦りむいてるからね。


 少年は、目をぱちくりさせて、私とレイニーさんを交互に見た。あんな目にあって気絶していないなんて、なかなか将来有望だね。


(あ……レイニーさんから見たら少年を攫ったように見えるかな?)


 商人の男性を助けたあと、弁明の余地もなく攻撃されたことを思い出す。あの時はゴーストで、今はレイスという違いはあるけれど……むしろ今の方が見た目も能力も凶悪だ。


 レイニーさんと目が合う。

 すっと細められた目は、何を意味しているのか。


「そこの――ん?」


「ふん、がぁあああ!」


 レイニーさんが私に何か言おうとした瞬間、ゴズが力任せに鎖を引きちぎった。

 聖なる鎖が壊れるところを見たのは初めてだ。強度もさることながら、魔物の力を奪う効果もあるはずなのに。


「この程度で儂を抑えられると思ったか!」


 大破した鎖を払いのけたゴズが、斧を構えて吠えた。


「ふむ、動きを停止することを優先しすぎましたか。それでも、解くまでに数十秒は掛かったようですが」


「やかましい! 二度と喰らわぬわ!」


 誰が聞いてもやかましいのはゴズだと思う。

 レイニーさんは極めて冷静にゴズを見据えている。


 再び聖なる鎖を放とうと魔力を形成した瞬間、ゴズが地面を蹴った。


「ダークスイング」


(聖結界!)


 私はすかさずレイニーさんの前に躍り出て、結界を展開した。レイニーさんは聖女ほど防御が得意ではない。私が守らなくても自分の身くらいは守ったと思うけど、代わりに結界を張ることに意味はある。


 この隙に、レイニーさんが攻撃をできるからだ。


「ホーリーレイ」


 レイニーさんは結界を張るために指先に集めた魔力を即座に攻撃へ転じた。

 それは聖職者系のギフトであれば一般的な、聖属性の攻撃魔法だ。私も使えるし、なんなら見習い神官でも使える。


 しかし、使い手によってその威力は大きく異なる。

 レイニーさんの卓越した魔力操作によって生み出された高密度の光線は、私の横を過ぎ去りゴズを貫いた。


「ぐはっ」


 面積の広い斧が正中線にあったため致命傷にはならなかったが、左肩に命中した。ホーリーレイが貫いた場所は指先ほどの穴が空いていて、傷口は焦げ煙が上がっている。


「き、貴様よくも!」


 ゴズはバックステップで距離を取り、傷口を抑えた。

 肩を貫いたとはいえ魔物の生命量は高く、Bランクの魔物ともなれば勝負が決するほどではないだろう。だが、確かなダメージを与えることができた。


「私が攻撃を担当しますので、防御とその子の護衛はお願いしますね」


 レイニーさんが、生前の私に語り掛けるような優しい声音で言った。


「子ども好きのレイスさん?」


「あはは!」

(任せてよ!)

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